第14話

あの星はもう見えない
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2017/10/20 11:10

「あなた!!」ぼやける視界と頭に、何度も何度も私を呼ぶ声がした。何があったのかも、自分がどうなったのかももうわからない。


気がついたら病院のベッドに寝ていて、何があったのかも覚えていない。ぼーっとする頭で体を起こそうとすれば、布団が引っ張られて、りくがベッド際に伏せて寝ていることに気づいた。

お見舞いに来てくれたんだ。見える横顔にクマができているから、きっとずっと起きてくれていたんだろう。


…侑は、もう会ってくれないだろうな。私は何も出来なかった。助けることも、逃がすことも。何も。
私達はきっと出会うために生まれてきたんだ。そう信じていたのに、たった一つの出来事で簡単に離れてしまうなんて、苦しい。胸が、苦しくてたまらない。


「…侑」


会いたい。侑に会いたい。会って謝りたい。

シーツをめくって、ベッドからおりる。
少し大きなスリッパを引きずりながら、廊下を走っていると看護婦さんに止められそうになった。
それを振り切って外に出る。きっと、いる。学校の屋上に、侑がいる。そんな気がする。




「侑!」


屋上までくると扉が少し開いていたから、ほっとした。どこにも行っていなかった。やっぱり、いてくれた。


「…なんで来たん」


侑の低い声と、冷たい視線がこちらに向く。
出会った頃以来のそれに、心臓が締め付けられた。


「あ、つむ」

「もうお前来んな。興味無いわ」

「…ごめん」

「はあ?」

「助けて、って、言って、巻き込んで、私のせいで怪我させて、ごめん」

「…しょーもな」

「侑っ」

「もうお前はいらんわ」


腕をつかもうとした私をすり抜けて、行ってしまう。
あんなに近かった距離が、どんどん離れていく。なのに、追えない。待ってなんて、言えない。

いらん。そう、私はもう侑にとって、いらない存在。
ゆっくり私の中に入り込んできた言葉を、やっと理解した。絶望に世界から色が消えて、膝から崩れ落ちる。
苦しい、侑、苦しいよ。階段を降りる足音も消えた頃、涙が溢れて止まらなくなった。


ーー


あれから一週間がたった。学校にはまだ行かず、最近は忙しい母さんの帰らない家で一人、ぼーっと窓の外ばかり見つめていた。


「あーあ、あなたかわいそ。やせた?」

「!」


部屋の襖が開いたと思えば、治がいた。( そう言えば玄関の鍵すら閉めてなかったんだ )
治はベッドにのぼり私の背後まで来て、見下ろす。その表情は言葉に似合わず口角を吊り上げていて、何を考えているのかわからない。


「なに」

「傷心中の女の子おとしにきただけやから、気にせんで」

「…」

「ふうん。意外と物欲しそうな面しとるやん」

「…侑、」

「ええで。代わりにし」


座ったままの私を背中から抱きしめた。治、あんたそれ本気だったの、とか、最低でごめん、とか、言いたいことはいっぱいあるのに、侑のことしか頭に浮かばない。

行かないで、侑。私あなたといたいの。
だけどそんな資格もなければ、伝えることも許されない。


「私、」

「ん?」

「私あの時、帰りたいって、思っちゃったの」

「帰りたい?」

「私は侑のいる世界に憧れていた。キラキラしていて、綺麗だった」

「せやから一緒におったん?」

「最初はね。今は言葉で表せないほど大切な存在」

「そら気の毒やなあ」

「…」

「侑はもう戻らん。また昔に逆戻りや。家にも帰ってへんわ」


首筋に何度もキスを落としながら、そう話す治の声を聞く。
その声だって、触れ方だって、全部全部違うのに、重ねてしまう。欲してしまう。


「名前呼んで」

「あつ、」

「ちゃう」

「…治」

「あなた」


何で、そんなに愛しそうに呼ぶの。そんな声聞いたことなかったのに、なんで。
抱きしめられた腕に力が入って、締め付けられる。だけど痛くも苦しくもない。
痛くて苦しいのは、もっともっと奥の方の心だ。


会いたい、侑に会いたい。その声で、私の名前を呼んでほしい。その手で、私に触れてほしい。その瞳で、私を捉えて離さないで。侑、会いたい。


「侑…っ」

「ほんま、難儀な女」


(( あの星はもう見えない ))

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