学校には行きたくないけど、休むとまた治に怒られるし、重い体を引きずって教室に入る。
なんで、体重いんだろ。意味わかんない。体重、びっくりするくらい減ったのに。重い。
「え、」
自分に呆れてため息をこぼすと、いつもの刺さる視線を感じず頭をあげる。
そこにいたのは、侑、だった。
「あつ、」
どうしようもないのは私で、いけない、だめだって頭で理解する前に手が伸びる。
触れそうな距離、こんなにも近い、侑、するり。視線も交わらないまま、また、すり抜ける。
わかってる、あなたにとって私はもういらない存在。許してなんてもらえない。わかってる、わかってるんだよ。
「…っ!」
ぱしん、ーーー乾いた音が、響いた。さっきまであんなにうるさかった教室がいつの間にか静まり返っていて、はっ、と自分を取り戻す。手のひらがじんじんと痛い。侑の頬が赤い。みんな私たちを見てて、あ、やばい。やってしまった。どうして私、
たまらなくなって、カバンを放り投げて逃げ出した。パタパタ、パタパタパタ。自分以外の、走る音が後ろから追ってくる。
どうして。
「は、はあ、はっ、」
逃げ回った挙句結局屋上に来てしまって、鍵なんて当然空いてないし、扉の前で頭を抱えてしゃがみ込む。
すぐに階段を上ってきた侑は少しも息を切らさずに、私の前に立った。
「自分、あほなんか」
「……」
「…なにしとんねん」
「……」
「こない細っこなって」
呆れたようにため息と零して腰を下ろすと、私の手首を取った。思わず顔を上げて、ぐしゃぐしゃな顔で彼を見る。あ、目、合った。
ごめん、とか、寂しかった、とか、今までどこにいたの、とか、会いたかった、とか。言いたいことはいっぱいあるのに、出てくるのは涙ばっか。
いやだなあ、いやだなあ。こんなの侑だって呆れるに決まってる。それでも触れた手は暖かくて、離れない。
「…ばか」
「おん」
「あほ」
「お前の方がアホや」
そうだね、きっとそう。こうなる前に、もっとできることはあったはずなのにね。ごめん、ごめんね侑。
「何が欲しいん」
細っこい、と言った私の腕を持ったまま、強い瞳で捕らえる。あ、侑だ。私の憧れた、キラキラ。
「侑、が欲しい。侑の全部が欲しい。」
「ん」
「言葉も、声も、瞳も、触れる手も、全部全部、私のものになって」
「お前はアホやなぁ」
そうだよ、阿呆だよ。そんなの、適わないって、わかってるのに求めてる。きっと侑の全てが私のものになれば、侑のキラキラは消えてしまう。そんなの、嫌なのに、求めてる。変なの。
「あなた」
あ、私の名前。随分長い間呼ばれていなかったような錯覚。ああ、沁み渡る。カラカラだった心の中が、潤う。
侑、侑。ああ、私たち、
戻れないね。
(( 揺れる、世界が、瞳が ))
ーーー 第一章 完 ーーー
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。