「弘樹…」
「よっ!あなた。
久しぶり。」
私の目の前立っていたのは古谷弘樹(ふるやひろき)。
私の…初カレ、つまり元カレ。
一個下の後輩で、コクられて付き合ったけど3ヶ月目を過ぎたところで振られた。
当時私は高校生、弘樹は中学生。
頻繁に会えなくなったこと、私が恋愛に不慣れだったことが振られた原因だと思う。
別れてから、ずっと会ってなかったのに…。
久しぶりすぎて緊張する。
「なんで…ここに?」
今まで同じ電車になったことなかったから、安心してたのに…。
ていうか、なんで普通に話しかけてくるの…?
ズキズキ、頭の痛みを感じる。
「えーまぁ、テストだったからね。
そっちも?」
「うん。
だけど弘樹、学校徒歩じゃん。」
「あぁ、ちょっと遊びに。」
弘樹は私とは違う高校に進学した。
もっと近場の高校。
私の友達の大半もその高校。
私は少し離れてるところに通ってるから…。
「なんか、こうやって話すの懐かしいね。」
「…そうかな?」
私の返事はあっさり。
だって、話すことなんて何も無いじゃん?
私は正直そんなに話したくない。
あまり良い思い出がないから。
最後も、ケンカ別れだった私たち。
弘樹は話題を探してるみたい。
「彼氏、出来た?」
「…うるさいなぁ。
出来てないよ。」
まぁ、一人いたけど。
それも、弘樹の部活の先輩にあたる人だけど。
そんな元カレに話すようなことでもないので敢えては言わない。
隠すわけでもないけど、黙っておく。
「オレもさぁ、いたんだけど別れちゃった。」
へぇ、一緒じゃん。
「なんで?」
「なんかほっといたら振られちゃったー…」
「へぇ…」
“ほっとく”って言い方、下に見てるみたいでちょっとムカつく。
いや、弘樹の元カノ知らないけど。
「何、聞いたくせに興味なしかよーっ。」
そう言いながら私の右隣に座る。
…なんで!?
私が気にしすぎなだけなのかなぁ?
みんなは元カレとかと普通に話せるのかな?
私は気まずくて、ちょっと無理。
よく少女マンガで「友だちに戻ろう」とか言って振るときあるけどさ。
付き合って、お互い色々知って、悪いとこも見えて、ケンカして、それでもって何も知らなかった頃に戻りましょう、なんて…そんな器用なことできない。
「高校、どー?」
「どー?って言われても…」
質問がアバウト過ぎる。
「やっぱそっちはレベル高いの?
わざわざ離れたとこ行ってるじゃん。」
「まぁ、そうだね。
でも結局、そんなに変わんないのかもよ。」
一応、中学のころ成績上位者だった私。
頭のいい進学校に入学して、今の日々を過ごしてる。
そんな中で、私は中の下くらいまで成績は落ち込んでる。
中学とは大違い。
「ふっ…」
急に笑う弘樹。
「何??」
「いや、あなたのクセ、直ってないなぁと思ってさ。」
「クセ?」
何のことだかさっぱり。
「今、スマホ右手に持ってるでしょ?」
「…うん。」
「オレが立ってた時は左に持ってた。」
「え?」
よく見てるなぁ。
「オレが横に座ってから、右に持ち替えた。」
…ウソ、無意識。
「まぁ、故意じゃないとは思うけど。」
「うん、気づいてなかった。」
…それで?
「オレたち、時間があった時は一緒に帰ってたよね。」
…はぁ?
どんな文脈からその話…?
過去の話は、あんまりしたくないんだけどな。
「そんときね、あなた、手さげカバンをオレのいる方に持つの。」
「え。」
「だからさー、手つなごうと思ってもつなげなかったんだよねー。」
…そうだったんだ。
「いや、それは…ごめん。」
ぜんぜん気にしてなかった。
むしろ、弘樹が私と手を繋ぎたいなんて思ってるなんて知らなかった。
「あとさ〜2人で歩いてたらオレの知り合いに見られてさぁ〜…」
そう笑って話を続ける。
…次からは、ちゃんと気をつけよう。
教えてくれてありがとう。
でもこれ以上話すことはない。
きっと何十年後に思い出したら、甘酸っぱいいい思い出なんだと思う。
でも今の私としては弘樹との過去は苦い思い出に過ぎないの。
だから、これ以上過去の記憶を蘇らせないで…。
頭の痛みがさっきよりも激しくなる。
「ー運転を再開いたします。」
放送が流れて、電車が動き出す。
やっとか…。
あとは弘樹の独り話をただ聞いていればよかった。
目に見えて耳を塞ぐことはしないけど、話を聞いているようでずっと聞いていなかった。
なんで私たちの過去を今さら話さなきゃいけないの?
もう私は前に進んでる。
弘樹だって、私のことをまだ想っているわけが無い。
彼女だっていた事だし。
だったらもう、話すのやめようよ。
いつまでも止まっていられない。
また弘樹を好きだった気持ちがぶり返さないうちに。
…いや、弘樹に恋愛感情はもう抱かないかな。
もしドキッとした事があれば、きっとそれは恋愛感情だと勘違いされた動揺。
そうやってどうでもいいことを考えているうちに、私の降りる駅についた。
「じゃあね。」
もう会うことはないとは思う。
もともと、弘樹は電車通学じゃないんだから。
外ではまだ雨がひどく降っている。
…頭が痛いのはこの気圧の変化のせい。
変なことを考えすぎたせい。
もう、雨の日は嫌な日。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。