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第3話

一歩
83
2018/06/08 22:44
小鳥が鳴く。
風が騒ぐ。
桜が散る。

5月上旬の雲ひとつない空の下。
私はこの病院を退院する。

「やっと来たね。」

なんて言って微笑むももちと一緒に

これからわたしは、
ももちに引き取られることになった。

理由は簡単。
両親が居ないから。

私が18歳ときに交通事故で亡くなったらしい。

引き取ると言っても
一人暮らしのももちの家政婦をする。

付き合ってたことについては
記憶が戻るまで
何も無かったことにしてくれるらしい。

少し、気まずいな。

病院の駐車場に向かっていく
ももちを追いかける。

隣を歩く。二人とも無言だ。

沈黙を破ったのは
この空気に耐えられなかった私。

「ももち?あのさ…ももちの家どこ?」

頭に浮かんだ疑問をぶつける。

「俺の家?あぁ、金山町のスーパーマーケットの隣辺り。分かる?」

あ、あの辺か!

ももちは、昔よりだいぶ離れた所に
住んでるのか。

昔はあそこの近くの公園で遊んだなぁ。

確かももちと初めて遊んだのもあそこだよな。

つい最近に感じるのに
体はもう大人なんだ…

ももちが運転する黒い車に揺られていると
ももちが右の方をチラリと見た。

「ほら見えた!あのマンション」

ももちが指をさした方にあったのは
まだ新しめのでっかいマンション。

え…

「あのマンション…」

唖然とマンションの方を見ている私に
ももちが

「どうしたの?」

と聞く。

だって、あのマンションって

「あと3年後に出来るって言われてた高級マンション……あそこに住んでるの?」

「うん、そうだよ…あそこは…」

ももちはそう言いかけてやめた。

「あそこは?」


「俺と優が一緒に住むはずだったマンション…」

泣きそうな顔で言うももちに何も言えなくて

「ごめん」と謝った。

「でも、なんであんなに家賃高いところに…」

「俺の叔父さんが割とでかい所の社長なんだよ。叔父さん、結婚してないから当然子供もいなくて、それで俺が次期社長なんだ」

そうだったんだ…

私の記憶の無くなっている部分は
相当大きいんだなぁと
改めて実感した。

「さ、早く入ろ」

マンションの前まで来て
思わず足を止めた私を急かす。

ちょっと待って、

「豪華すぎ・・・」

綺麗に輝くシャンデリア。
なにかの模様が書いた高級そうな絨毯。
ソファもテーブルもおとぎ話のお城にありそうなデザイン。

「そうか?まあ、行くぞ」

あまりにも私が遅いから耐えられなくなったのかももちは私の手を握った。

大きくて私の手を包み込むももちの手はとても温かい。

とてもドキドキする。

私の記憶のない部分…その時は、手を繋ぐなんて普段からやっていたことなんだろう。
付き合ってたんだし。

でも、その記憶のない私は、ももちと手を繋ぐなんて初めてだ。

顔に熱がこもるのがわかった。

ももちは私の歩幅を考えてゆっくり進んでくれる。

それがまた、慣れている感じがして、顔が熱くなっていくのがわかった。

エレベーターにのってももちが押したのは上から4番目、33階のボタン。

「うわっ、高いところに住んでるんだね!」

「お前、高いところ好きだろ?」

えっ、もしかして、私の為?

なんだか、ものすごく他人の事に感じて少し悲しい気もするが、その反面、愛されていたということが伝わってくる。

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