プリ小説
一覧へ

第2話

かなた
彼方。ずっと遠く。君を思って見つめている。あの日を思って。
------
ガタン…ガタン…
いつもの電車の中、人に揉まれて立っている。イヤホンで自分を携帯のなかにとじ込もって。その時パッと前に座っている女性に目を向けた。否、目をひかれた、奪われた。時間が止まったようだったその女性は今時珍しい黒髪ストレートだった。だが、柔らかな髪だった。もちろん触ったわけではない。見たときに思ったんだ。あぁ、柔らかな髪だなと。そしてその女性は朝日に照らされていた。肌は白く、光に透けていた。目は伏せていたが睫毛は長く、鼻の筋がスッと通り、血色のよい艶やかな唇だった。総括すれば美人だった。それも一際。電車の人の多くが彼女の寝顔に目を奪われていた。男女関係なく。
---
どのくらいの時間彼女を見ていたか分からない。気がついたのは彼女が起きた瞬間だった。彼女が目を開けた時、社内にため息が溢れた。誰もが彼女を美しいと思った。たった一人、僕を除いては。
僕は彼女の目を真正面で、一番近くで見た。怖かった。背筋が凍るとはこの事か、と理解した。この子は何か抱えている。美しく柔らかな容姿に似合わぬ暗く、重い瞳をしていた。そして僕は唖然としながら彼女が電車から降りていく背中を見ていた。その背中は小さかったが、なにか、重いなにかを背負っているようだった。
その彼女の目が、僕には忘れることができなかった。彼女の、美しく恐ろしい彼女の名前を知ったのはそのわずか三日後の朝の事だった。

シェア&お気に入りしよう!

この作品をお気に入りに追加して、更新通知を受け取ろう!

続きはまだありません

この作者の他の作品も読んでみよう!

ゆっち
ゆっち
趣味程度で興味があるので小説を書かせていただいています。 見ていただけると大変ありがたいです。