一ノ瀬だ。とわかった瞬間、私は思わず立ち上がってしまった。
ガタッという椅子から立ち上がった音が教室に響く。
声はなんとか止めたが、体は勝手に動いていた。
「あなた。急にどうした?」
とヨッシーが驚いたように言った。
「あ…いや、なんでもないです。」
なんとか声を出して答えた。
なぜ葵のお母さんが一ノ瀬という苗字だった事を知っているかというと、
私のお母さんが「いっちゃん元気にしてるかなー?」とたまに口にする。
私はそれが誰だか分からずにいた。
ところがある日、「いっちゃん元気にしてるかなー?」といった後に、
「あなたは会いたくないのー?」と言ってきた。
「それ誰?」と聞くと、キョトンとした顔をした後、あっ。という顔をした。
「お隣に住んでた葵くんよ。葵くんのお母さんとお母さんは、高校の同級生でね、
お母さんの旧姓が、一ノ瀬だったから、いっちゃんってあだ名だったのよ」
と話してくれたことがあった。
一ノ瀬…。
一ノ瀬 葵…。
確かな確信は無い。
けど、もしかしたら、という希望を捨てきれない。
でも、私は見逃さなかった。
私が立ち上がった時、少し驚いたような顔をした。
もしかしたらそれは、ただ単に驚いただけなのかも知れない。
けど…
ヨッシーが私の名前を呼んだ時。
「えっ、」と小さい声を漏らしていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。