私は話の内容が信じられなくて、ただただ聞いているだけだった。
「幸い、命に別条は無かったんだけど…
事故の衝撃で、葵は…記憶の一部を失ったの。」
「え…。もし…かして…」
「そう…。あなたちゃんの記憶が綺麗さっぱり無くなっていたの。」
信じられない。お母さんは引越しなんて言ってたけど…それも嘘?
「お医者さんはしばらくしたら戻るかもしれない。って言ってた。
けど、1週間、2週間、たっても戻らなかった。」
「病院がたまたま実家の近くだったからそこで寝泊まりしていて、
あなたちゃんに会うことは無かったの。だから…あなたちゃんのお母さんに協力してもらって
引越した。と言うことにしてもらったの」
「今まで黙っていてごめんなさい」
と深く頭を下げられた。
「い、いえ。もし、当時の私にそんな事言われたら、本当に立ち直れなかったと思いますし、
それに、今こうして教えていただいてありがとうございます。」
本当は何を言えばいいのか、頭が真っ白になった。
でも、意外にスラスラと言えた。
「ありがとう、だなんて。そんな事…」
「あの、実は今、葵と同じクラスなんです。」
というと、驚きながらも穏やかな表情をしていた。
「しかも、隣の席で。」
すると、
「そう…。あなたちゃんはどう思う?葵と同じクラスって事。」
と問いかけてきた。
「最初に見た時、どこかで会ったことがある気がする。とか、
自己紹介の時、葵って言ってて、それに、おばさんの旧姓だった事も思い出して…
もう、葵だ。って思いました…」
「でも…葵が私の事を覚えていないとしても、私は今日一日、葵と居られて楽しかったです!」
「あなたちゃん。」
「これからも葵の事。よろしくお願いします。」
とまた、深く頭を下げられた。
でも、その表情は笑顔だった。
「はい!こちらこそ!」
全て知った今。
またここから歩き始める。
ここが、スタートラインだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。