「銀ちゃーん」
鍵はいつも開いてるし、許可を得てからこの家に入ったことはない。多分。勝手に玄関開けて、ふすま開けて、硬いソファでお昼寝してる銀ちゃんのお腹の上に跨った。
「銀ちゃんってばー」
「…ん、あ、…おもっ」
「怒るよ」
「んー……って、まぁたお前かよあなた。何?寝込み襲おうとしてた?」
寝ぼけた顔でえっちー、なんて言われてもため息しか出ない。だいたい、寝込み襲うやつが自分で起こしたりするか普通。
「そんなことより聞いてよ銀ちゃん」
「…つーか、お前処女捨てた?」
「……へっ?」
言いたいことを忘れて、思わず素っ頓狂な声を零してしまった。や、だって、なんて言ったこの男。というかどうして私が処女だったことを知ってるんだ。そんなこと言ったことなかったのに。
動けず固まってしまった私をよそに、私の腰に手を回して支えながらよっこらしょと体を起こしてソファに座り直す。
膝の上にずるずるとずらされた私はまだ動けないまま。
呆れた銀ちゃんが半笑いを浮かべながらすん、と首筋に鼻を寄せる。
「男ってのはわかっちまうもんなの。あーあ、銀さんがせっかく大切にしてたのにさ」
「…つまんない」
「お前ね。で、どうだった」
「何聞いてんの」
「耳真っ赤」
「……」
言われたことが気に食わなくて、私も首筋に顔を埋めて肩を噛む。
すると耳元で、銀ちゃんがふって笑った。
「煽ってんの」
「ねえ銀ちゃん、私可愛くなった?」
「んー、エロくなったかな」
「なにそれ嬉しくなーい」
「女はそれでいいんですう」
「…はじめてってさ、もっとグうううってくると思ってた、んだけど」
「うん?」
「なんか、思ったほどじゃなった」
はじめてだし、痛かったし、まあ、こんなもんか、って。なっただけだったよ。面白かったけどね。
「そりゃお前、相手が下手だっただけだろ」
「えー」
「楽しくなかったんだろ?」
「そうだねえ」
相手に合わせて、声出して、うん、楽しくはなかった、かな。
肩に寄せていた顔を引いて、私を見下ろす銀ちゃん。
「俺が楽しめるやつ、してあげようか」
はは、なにそれ。
「えー、やだよ」
「はあ?」
「あんまり好きくない、あれ」
「だぁかぁらぁ、それは相手が下手くそのクソ野郎だったからだっての。それを選んだお前が悪い」
「えー。銀ちゃんも変わんないよ」
「お前ね、俺を誰だと思ってんの」
「……みんな大好き万事屋銀ちゃーん」
ふわり、髪がなびいて、ソファが鳴って、銀ちゃんが私を見下ろす。ふふ、いつも死んでる魚みたいな目してるのに、ギラギラだあ。
銀ちゃんとのそれは、頭の中がぐらぐらして、ふわふわして、そうだね、楽しかった、かな。
好きとか、愛してるとか、やってる途中だったら言えちゃう銀ちゃんが可愛くて、背中の中らへんがゾクゾクした。
たしかに、はじめての相手はヘタッピだったよ。認める認める。
「…なあんか、まだ銀ちゃんが中にいるみたいで気持ち悪い」
「ナニソレ誘ってるの」
「ちがあう~」
(( ぐらぐら、揺れる ))
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!