健斗の記憶が消えてても私は毎日病院に通い続けた。
相変わらず健斗は私の事を覚えていない。
無理に思い出を話して思い出そうとしても逆効果で、健斗の記憶はどんどん閉ざされていってしまうらしい。
つまり、健斗が自ら思い出さないといけないということ。
だから少しでも私の事を思い出してくれるように色々話しかけた。
でも、健斗は目覚めてから抜け殻のようだ。
何を言っても上の空。
しまいには、頭痛がひどくなったりと体調も優れない。
多分、健斗は苦しんでいるんだと思う。
前に一度、
「何か大切なことがあった気がするのにどうしても何だったのか分からないんだ。」
と言ったことがあった。
それは、私だよ。
私と一緒にいるって言ったよね?
大好きだって言ってたじゃん。
と言いたかった。
苦しい。
私の事を覚えてないこと、
健斗が私に他人行儀なこと。
これからどうすればいいんだろう。
悩んでいた。
このまま健斗と一緒にいても2人とも苦しくて辛いだけじゃないのか。
健斗はいつ私の事を思い出してくれるのだろうか。
一生思い出せないのか。
そう思うと不安で心が押しつぶされる。
そう思いながら学校の廊下を歩いていた。
健斗はまだ体力も精神も不安定な状態だからまだ学校には来ていない。
学校のみんなには健斗は留学していると伝えられていた。
一応事故に遭った事は知っているが半年間もこん睡状態だった事はみんなは知らない。
そうしていると、後ろから声をかけられた。
そう言うと、可愛らしい笑顔でにっこりと笑った。
この子は柏木ゆあちゃん。
健斗が所属しているサッカー部のマネージャーの1年生。
何度か話した事もある。サッカー部の大会の打ち上げに私も参加した時にマネージャーの柏木さんと仲良くなった。
私は少しあの子が苦手だ。
多分、健斗に想いを寄せている。
だから、彼女だけには健斗と私の事を知って欲しくない。
今日は柏木さんに病院に行くの断ったけど、学校のみんなにいつかは健斗の記憶のことがバレる時が来ると思う。
そう思うとまた不安が増した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!