「あんたさぁ、高校行くっていうけど、どこに行くつもりなの?」
明らかに不機嫌な声。この声、お父さんの浮気が発覚して以来、久しぶりに聞いた声だ。
「……東高校」
東高校は、この辺じゃ評判のいい高校。大学進学率が高くて、レベルの高い大学を目指している人なんかが通う。
「あー、そう言えばそこそこ成績よかったもんね」
感情のこもっていない声。
「なんかさ、なかったけ?奨学金?成績がいい人とかが貰えるようなさ」
「…わかん、ない」
あくまでもお母さんは、お金を出すつもりはないらしい。お母さんがスマホで調べ始めた時、お父さんと目が合った。
すぐに逸らされた。申し訳なさそうな、居心地悪そうな、弱々しい顔をしていた。
「あー、ほら、あるじゃない」
確かに、奨学金制度はあるようで、申請して許可が降りれば、奨学金が貰えるらしい。
「んー?手続きとかめんどくさそうね…」
スマホの画面を動かしながらブツブツ呟く。その間も、お父さんは何も言わずに黙っていた。
「ねぇ、これ、学校で先生に聞いてみてよ」
お母さんの中では、奨学金を貰うということで一段落したらしい。
「……分かった…」
「あー、でもだめだ!どっちにしても、お金はいくらかかかるんだ」
お母さんの声だけが、家に響く。
「ねぇ、あんた会社員なんだから花音の分まで出せるでしょ?」
冷めた目。声のトーンが一気に低くなる。
「……すこしなら」
「じゃあ、あんたが7割、うちが3割負担でいい?」
「……あ、あぁ」
こんな雰囲気の中、大まかなことが決まり、お母さんとお父さんは帰っていった。
重い空気に押しつぶされそうになる。押しつぶされないように、ソファから立ち上がる。自分の机の上に置いている、あのネックレスを手に取る。
「優翔……」
会いたい。今すぐ会いたい。何もしてくれなくていい。ただ、顔を見たい。声を聞きたい。抱きしめて欲しい。
だけど、今日は少し離れたところで部活の試合だって言っていた。ネックレスを強く握りしめる。目を閉じれば、隣に優翔がいるような、声が聞こえてくるような感覚になる。
「私、どうなるんだろう……」
ため息とともに私の口から出てきた言葉は、重い空気の中に消えていった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。