第84話

不機嫌な声。
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2018/02/19 15:03
「あんたさぁ、高校行くっていうけど、どこに行くつもりなの?」

明らかに不機嫌な声。この声、お父さんの浮気が発覚して以来、久しぶりに聞いた声だ。

「……東高校」

東高校は、この辺じゃ評判のいい高校。大学進学率が高くて、レベルの高い大学を目指している人なんかが通う。

「あー、そう言えばそこそこ成績よかったもんね」

感情のこもっていない声。

「なんかさ、なかったけ?奨学金?成績がいい人とかが貰えるようなさ」
「…わかん、ない」

あくまでもお母さんは、お金を出すつもりはないらしい。お母さんがスマホで調べ始めた時、お父さんと目が合った。

すぐに逸らされた。申し訳なさそうな、居心地悪そうな、弱々しい顔をしていた。

「あー、ほら、あるじゃない」

確かに、奨学金制度はあるようで、申請して許可が降りれば、奨学金が貰えるらしい。

「んー?手続きとかめんどくさそうね…」

スマホの画面を動かしながらブツブツ呟く。その間も、お父さんは何も言わずに黙っていた。

「ねぇ、これ、学校で先生に聞いてみてよ」

お母さんの中では、奨学金を貰うということで一段落したらしい。

「……分かった…」
「あー、でもだめだ!どっちにしても、お金はいくらかかかるんだ」

お母さんの声だけが、家に響く。

「ねぇ、あんた会社員なんだから花音の分まで出せるでしょ?」

冷めた目。声のトーンが一気に低くなる。

「……すこしなら」
「じゃあ、あんたが7割、うちが3割負担でいい?」
「……あ、あぁ」

こんな雰囲気の中、大まかなことが決まり、お母さんとお父さんは帰っていった。



重い空気に押しつぶされそうになる。押しつぶされないように、ソファから立ち上がる。自分の机の上に置いている、あのネックレスを手に取る。

「優翔……」

会いたい。今すぐ会いたい。何もしてくれなくていい。ただ、顔を見たい。声を聞きたい。抱きしめて欲しい。

だけど、今日は少し離れたところで部活の試合だって言っていた。ネックレスを強く握りしめる。目を閉じれば、隣に優翔がいるような、声が聞こえてくるような感覚になる。

「私、どうなるんだろう……」

ため息とともに私の口から出てきた言葉は、重い空気の中に消えていった。

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