県大会が終わったその日は何もやる気が起きなくて、家に帰ってもボーッとしていた。お風呂に入って、ご飯を食べて、夏休みの課題を机に広げる。でも、シャーペンを持ったまま今までの部活のことを思い出していた。
1年生で初めてラケットを握った時から今日まで。あの頃の自分は今みたいにソフトテニスが好きになるなんて思ってもないだろう。
思い出に浸っていたら玄関のチャイムが鳴った。時間は20時。突然鳴ったチャイムに驚いて、不審者だったりしたらどうしよう、と思いながらそっと玄関を開けた。
「よ!お疲れ!」
「先生…?」
玄関の扉を開けるとそこには甲斐先生が立っていた。
「こんな時間に…どうしたんですか?」
「へへ、ちょっと入れてよ」
なぜか先生はヘラヘラしていた。
「え、ちょ、先生!?」
靴を脱いで家に上がり込んだ先生は、そのままソファに寝そべった。
「…酔ってる?」
玄関では気づかなかったけど、顔が真っ赤になっている。
「どうしたんですか?」
ソファの下に座って先生の顔の近くで聞いてみた。
「ん?んー、ふふー、なーんででしょうかー」
かなり酔っているのか、ずっとニコニコしていて会話にならない。酔っている先生を初めて見た。お酒に弱いのか、それとも今日は特別飲みすぎたのか、分からないけど、今の先生はなんだかすごく可愛い。
「お水、持ってきますね」
そう言って、立ち上がった。だけど、歩けなかった。先生がズボンを掴んできた。
「先生?」
先生は寝ぼけているようだった。
「かーのーんー」
私の名前を呼ぶと、ソファから起き上がって私を座らせた。
「何ですか?」
さっきから質問しかしていない。答えては貰えないけど。
「俺のこと、好き?」
先生はソファに正座して私に向き合った。
「…好き…で、すよ」
私も先生に向き合って答えた。恥ずかしくて声が小さくなった。
「どのくらい好き?」
「……このくらい?」
表現の仕方が分からなくて、両手を目いっぱい広げて表した。
「俺も好きだよ、このくらーい」
先生も両手を目いっぱいに広げた。
「でもさ、俺はさ、25だよ?」
「年なんて、関係ないですよ」
「しかも、教師だよ?」
「それは…少し問題かもですね」
苦笑しながら答えた。
「俺の事嫌い?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「嘘……」
そう呟くと向き合ったまま私の膝に倒れ込んでた。
そこから、私は先生の事をもっと知ることになる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!