自己紹介は、はきはきと元気良く、早口にならずに、大きな声で。
初対面が大事というのを痛いほど分かっているからこそ身につけたことを思いだしながらそう言って、頭を下げると、パチパチと拍手が返ってきた。
教室にはざっと40人いるかいないかぐらいの生徒が席に座っていてらある人は興味津々に、ある人は無関心に、ある人はぼんやりとこちらを見ていたりと、反応は様々だった。
この高校は、女子生徒はセーラー服で男子生徒はブレザーを着る変わった制度なのだが、着こなし方は人それぞれで、やっぱり服は人を表すというか、そういうものなんだなと感心してしまう。
教室内を見回すと、特に目を引くのは二人の「少女」であった。
教室のちょうど中心あたりの席に座る髪をポニーテールに結んだ女子生徒はぱっと人目をひく可愛らしい顔立ちで、一見するとモデルのようでもある。でも、少女のたたえる淡い微笑みには何か食えないものを感じる。
もう一人、一番窓際の席に座る、緩くウェーブのかかった顎ぐらいまでの長さの髪の女子生徒は、人形のように精緻に整った容姿で、何というか、とても絵になる少女だ。
何故かじっとこちらを穴が開くほど見つめていて、その瞳は見ていると吸い込まれそうで慌てて目を逸らすが、それでも視線は外されず、もはや凝視という言葉が相応しいほど見つめられている。
並の男子高校生ならどぎまぎするところだろうけど、あいにく晴人の心は数々の転入、転校で鍛えられ、並大抵のことでは動じない精神力を手に入れてしまったため、まだずっと見られているが、まあいいかと気にしないことにした。
思わずタメ口になってしまうがそれを気にした様子もなく頷く佐々木に脱力する。
この人が担任?と思う気持ちをぐっと堪えて喉の奥に留める。これを言ったら流石に失礼だろう。
……まあ、許してくれそうな気はするけど。
佐々木は晴人の隣から、教卓の真ん前、つまりはある意味クラス全員が席替えの際に注目するセンターの席を指差し、
早く座れ、と促されて渋々席に座る。
なんてことだ。というかこの人席決めるの面倒くさいからとりあえず真ん前にしたんだろ。
ブーイングも気にせずさっさと佐々木は教室を出て行ってしまう。職務怠慢だぞ。
さて、どうしたものか、と騒がしい教室の中、これからどう仲良くなろうか密かに思考を巡らせていると、突然後ろから、
声を掛けられて驚いて振り向くと、後ろの席の人懐っこそうな顔の男子がにっこりと笑った。読心術か?
後ろの席の明るい男子と話していると、近付いてきた黒髪の男子が自然に会話に混ざってきた。体育会系な見た目の最初の男子と比べても、何となく理知的な見た目だ。
元気な方の男子、愁に、透と呼ばれたクールな方の男子がツッコむ。
愁がはい、と手渡してきた紙は、誰がどこに座っているか人目で分かるようになっていて、正直とても助かった。
呆れた声で愁に言ったのは、人目をひく容姿をした、色白のポニーテールの女子生徒だ。
自己紹介の時に目に付いた女子で、近くで見ると更に可愛らしい顔をしている。
呆れ半分可笑しさ半分というような苦笑さえ妙に可愛らしく、照れたり見惚れたりするより感心してしまう。
ただの可愛い女の子、だけではなく、人目をひく存在感のようなものがあるのだと思う。
抗議する愁を華麗にスルーして、女子は晴人へと向き直る。
にっこりと微笑む、美少女と呼ぶのが相応しい白瀬の、そつのない優等生が如き振る舞いに何故か少し違和感を覚えた。
吉野はわざとらしく目を見開き、下手くそなモノマネをしてみせる。
白瀬は呆れた顔で、ふざける愁をあしらう。
愁から聞かれた透は真顔で頷いた。
その感じでいくと、おそらく同じクラスにもファンクラブ会員はいるのでは?と、妙にこの四人に集まる視線に思案してしまう。
白瀬の好きな人がいる発言が出た途端に集中する男子連中の視線で背中が痛い。
あまりにも露骨すぎて透も晴人の隣で笑いを堪えている。透はクールだと思っていたけど、意外と笑うタイプらしい。
花がほころぶような最上級の笑みを浮かべる白瀬の瞳は、ぞっとするほど妖しく不敵な光を秘めていて、思わず鳥肌が立つ。
なるほど。何だか、違和感があるとは思っていたけれど、こういう一面があるのか。
くすと目を細めて微笑む白瀬に慌てて口を開く。
白瀬の瞳の奥は、今は妖しい光でなく純粋な好奇心と好意で輝く無邪気な光が宿っているのが分かって安心する。
またもや、愁を華麗に無視して透と話し出す白瀬に、愁が悲痛な声をあげ、その様子が何だか可笑しくて思わず笑ってしまう。
──面白い人達だ。それに、気遣いのできる優しい人達でもある。
今まで無意識に肩に込めていた力が、この三人と話しているとふっと消えたような気がした。
安心感と同時に、少しの寂しさを覚えてぽつりと呟く。
転校を何度も繰り返している事情で、社交性七友達を作るはやさは周りの人より優れていた。でも、友達はできても、この三人、特に愁と透のような、何でも分かち合えそうな空気感の親友はほとんどできなかった。
できた場合も、大体すぐに晴人が転校してしまい、連絡を取り合う頻度は日ごとに減り、自然と疎遠になってしまう。
いまだに連絡をとっている人はいるけれど、やっぱり対面できないのは寂しい。
こんな風に同じ場所で笑い合える白瀬や愁や透が、一瞬ひどく眩しく見えて、羨ましくなった。
晴人のその言葉を聞き、三人は顔を見合わせ
当然のことのように笑いかけてきた三人からは、お世辞だとか気遣いだとか、そういう雰囲気は微塵も感じられない。
本心でそう言っているのだと、分かった。
それが何だか無性に嬉しくて、甲斐は口元をほころばせる。
先程の寂しさもすっかり忘れて騒がしく喋る。それはとても楽しかったのだが、一つだけ、気になることがある。
視線だ。自己紹介の時に目に付いたもう一人の女子、彼女はまだじっと晴人のことを見つめ続けている。
ちらりと少女の様子を窺うと、その少女は淡い色の唇を真一文字に結び、こちらを凝視している。
そのヘーゼルナッツ色の奇麗な瞳の、神秘的かつ妖しい光が、妙に印象に残った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!