第8話

怪異顕る
131
2022/08/10 01:00
甲斐 晴人
巫子…?仲介屋…って、何だそれ
恐る恐る口を開くと、瑞月は再度目を伏せて黒猫の頭を撫で始めた。
万城 瑞月
そのままの意味。僕は、人間と、そこにいるような怪異を繋ぐ役割だから
甲斐 晴人
は……?
万城 瑞月
ああ、まだ気付いてないのか。
…そのために迎えをやったのに
にゃお、と黒猫が非難するように晴人に向かって鳴いた。不服そうなその声に、
甲斐 晴人
さっきから言ってることが分からないんだが…
万城 瑞月
君相当鈍いんだね。……この黒猫は、黒猫じゃないんだよ
瑞月が愉しそうにくすりと笑った。
黒猫も嘲笑うように晴人にふいと背を向けて毛づくろいをし始めた。

なんだ、なんで笑われてるんだ俺は。
疑問でいっぱいの頭を抱えて黒猫を凝視すると、ほんの少しの違和感を感じる。
ごく普通の、黒猫、……じゃない?

丁寧にブラッシングでもされているのか、綺麗な黒色の毛並み。ビー玉みたいな金色の目。上品に伸びた右左にゆらゆら揺れる尻尾の先は二つに分かれ──
甲斐 晴人
……あれ、……なんで、尻尾の先が二又・・に……!?
二又に分かれた尻尾。
愕然とした顔で黒猫もとい黒猫もどきを凝視する晴人の視線を疎ましげに見やり、瑞月の背中へ隠れてしまう。
甲斐 晴人
…………猫って、色々種類あるんだな……?
万城 瑞月
そうだね、尻尾が分かれた猫は聞いたことがないけど
甲斐 晴人
………………え、じゃあ、こいつは…
指が小さく震えてしまうのにも構わず瑞月の後ろの生物を指差す。
そんな晴人を気にせず瑞月は平然と頷いた。
万城 瑞月
猫又だよ。聞いたことぐらいはあるかな
甲斐 晴人
猫又……!?
【猫又】
「妖怪」のひとつで仙狸が由来ともされる、年月を重ねた猫が化けたもの。
外見はおおよそ猫そのものだが、尻尾が二股に分かれているのが特徴。また、特筆して大きな体を持っていたり、人間に化ける能力を持つものも居る。
甲斐 晴人
……………嘘だろ……
ぽかんと口を開けて立ち尽くす晴人を嘲笑うように、黒猫改め猫又が瑞月の後ろから顔を出した。
猫又
間抜けヅラしてるねぇ。そんなんじゃこれから先、度々腰抜かしちゃうよ
甲斐 晴人
喋った!?
幼い男子のような高い澄んだ声が、猫又から発せられたことにビビる晴人を、目を細めて見やり、
猫又
別に猫又が喋ったからってそんなに驚くようなことじゃないだろ、いちいち面倒くさいなぁ
甲斐 晴人
いや、普通は驚くだろ………
猫又
ふーん、そうなんだ。人間って面倒くさいね。っていうかお前が面倒くさいね
小馬鹿にするような言い方で吐き捨てる猫又に、瑞月が眉を顰めて諌めた。
万城 瑞月
猫又、会って早々にそれを言うのはお行儀が良くないよ
猫又
はーい、瑞月様が言うなら
瑞月の言葉にはすんなりと頷いた猫又は晴人に一瞥だけ残し、マイペースに毛づくろいを始めている。

瑞月はちらりとこちらを見て、
万城 瑞月
……へえ、意外と驚かないんだね
甲斐 晴人
いや、めちゃくちゃ驚いてるけどな……
漫画みたいな状況が起こりやすいとはいえ、こんな異次元な状況に置かれるのは初めてだ。さすがの晴人も驚きまくりである。
万城 瑞月
それにしては反応が薄いと思って……ああ、ちなみに猫又以外にもいるよ
甲斐 晴人
え?
瑞月は急に晴人に近寄って、正面に立ったと思ったら、何故か晴人の額にデコピンをした。
意外と強烈な衝撃に思わず額を抑えて呻く。
甲斐 晴人
いった……おい急に何すんだよ……
万城 瑞月
ごめん。でもこれでよく見える
甲斐 晴人
よく見える………?
首を傾げて一つ瞬きをする。
目を見開けば、景色は一変していた。
甲斐 晴人
うわっ、よ…妖怪!?
一つ目小僧、傘化け、蟹坊主、化け草履、ろくろ首、その他諸々なんか透けてる人達──数多の妖が晴人を囲んでいた。
万城 瑞月
正しくは妖怪と幽霊、かな。
……驚いた。君、どんな修羅場をくぐってきたらそんなに驚かないでいられるの?
甲斐 晴人
いやだからめっちゃ驚いてるんだわ!
一つ目小僧
瑞月様〜この人全然驚かなくてつまんないよー!
【一つ目小僧】
額の真ん中に目が一つだけある坊主頭の子供の姿をしており、これといって危害を加えるようなことはなく、突然現れて驚かすという妖怪の中でも比較的無害な部類に含まれる。
ろくろ首
もっと驚かしがいがないとモチベーションなくなっちゃうわね…
甲斐 晴人
モチベーションってなんだよ
【轆轤首】
姿かたちは人間と殆ど変わらないが、首が長く伸びると言う能力を持っている。
一説では「人間の身体の一部が幽体離脱を起こした状態」と言われている。



晴人の反応に残念がる妖怪、幽霊達に思わずツッコミを入れてしまう晴人であった。
傘化け
あなた、ここではあまり見ない顔ですね。遠方からの依頼人なのですか?
【傘化け】
捨てられた唐傘が恨みの力で妖怪へと変貌したもの。
巨大な一つ目と下駄、長い舌が特徴。一つ目と一本足は一本だたらと同じ。付喪神の中でも特にポピュラーな存在であるが、具体的に何をする妖怪なのかは分かっていない。


傘化けが身体を傾けて問うてくる。
身体を傾けるというのは、おそらく人間達の首を傾げる仕草のようなものなのだろう。
甲斐 晴人
いや、俺は最近引っ越してきて。依頼人、っていうか……ちょっと相談したい、というか……
もごもごと言う晴人に瑞月は目を細める。
万城 瑞月
……まあ、とりあえず中で詳しい話をしよう
甲斐 晴人
中?…って、神社のことか?
アホ面で聞き返す晴人に、瑞月は楽しそうに微かに口の端を上げてみせた。
万城 瑞月
いいや。社の奥に家があるんだ。──僕と彼らの家が






数分後、晴人はまたもや立ち尽くしていた。
甲斐 晴人
……………でっか……
万城 瑞月
………君、もしかして怪異よりもこっちに驚いてる?
猫又
どういう感性なのこいつ…
ろくろ首
猫又、口が悪いわよ。…まあ私も、限りなく特殊な人物ね、としか言えないけれど…
一つ目小僧
お兄さん変な人だね!
甲斐 晴人
え、そんなに言う……?
巨大な和風邸宅にビビり散らかす晴人を見てボロクソに言い合う怪異に言い返す。
見慣れているから分からないのかもしれないけど、瑞月と怪異の住む家は、堂々たる有様で、もはや威圧感を感じるほど大きい。豪邸じゃねーか。
一つ目小僧
まあその分ボロいよね!
化け草履
しっ、そういうことは言うもんじゃないよ
直接的な物言いをする一つ目小僧を化け草履が諌める。

【化け草履】
室町時代からこの妖怪は存在しており、「百鬼夜行絵巻」にその姿が書かれている。
その姿は、藁の手足を持つ草履の妖怪が、藁の甲冑を身にまとい、トカゲ状の馬にまたがったというものである。


騒がしい怪異と晴人を置いてさっさと玄関の扉を開けて、瑞月が中にふらっとした足取りで入る。
…前から思っていたけれど、何だか瑞月の振る舞いはどこか頼りなげに感じることがある。危なっかしいというか、何というか。
万城 瑞月
晴人も早く入りなよ
甲斐 晴人
あ、うん。えっと…お邪魔しまーす…
一つ目小僧
ただいまー!
化け草履
こら、声が大きいぞ
随分賑やかな怪異一行と共に玄関の扉をくぐると、神社の階段をのぼっていた時から感じていた、何か濃密な気配がぐっと強くなった。
………ここにも怪異がいるのか、と、ここまでくると驚きもせずある意味呆れてしまう。
どうやら、瑞月の同居人の怪異は、晴人の横のやけに賑やかな連中だけではないらしい。
一つ目小僧
ねー、お兄さんもボロいと思わない?思うよね!
甲斐 晴人
……………随分年季が入ってるな
傘化け
フォローのようでフォローになっていませんね
ろくろ首
そんなことないわ、ナイス言い換えよ。自信持って!
甲斐 晴人
あざす……
何故かろくろ首に励まされた。
ろくろ首に励まされる経験なんて、この日本で誰がしたことがあるだろうか。

内装も綺麗は綺麗なのだが、若干古びていて昔ながらの日本建築という印象を持った。
木造住宅で、何だか懐かしい雰囲気がする。そう、遠方の祖母の家のような。そんなふうに想起させる要因は、匂い、だろうか。祖母の家で薫っていた線香の匂いが、ほんのりと鼻腔をくすぐる。
万城 瑞月
こっちだよ
先を歩いていた瑞月が、廊下の先の襖から顔を出し、ちょいちょいと手招きする。
慌てて靴を脱ぎ、土間に揃えて置いてから、速歩きで瑞月の元へ向かう。

そうだ、これまでの出来事が衝撃的過ぎて忘れてかけていたけれど、そもそもここに来たのは、視線の問題を解決するためだ。

…と数歩踏み出したところで、後ろのろくろ首を始めとする怪異たちから声が掛かった。
ろくろ首
──それにしても、瑞月様は何で貴方を家まで連れて来たんでしょうねぇ…普段は人が来たら神社の社務所で話すのに
化け草履
しかも、私達の姿が見えるようにして、ね
傘化け
そうですね。こんなことをするのは、あなたが初めてですよ
甲斐 晴人
そうなのか?
化け草履
そりゃあそうでしょ。そんな対応してたら大パニックになるわ
化け草履のあっけらかんとした物言いに、確かにそうだな、と頷く。
何でなんだろう、と怪異たちと一緒に首をひねって──ろくろ首は物理的にも首をひねって──考えていると、一つ目小僧が無邪気に手を挙げた。
一つ目小僧
あっ知ってる!お兄さんは、『特別なお客様』なんだって!
一つ目小僧の言葉に晴人はまた首を傾げる。
特別とはどういう意味だろう。転入生、というだけの理由ではないだろうけれど…。
甲斐 晴人
特別?それはどういう、
猫又
早く来てよ、のろい!
聞き返そうとしたところで、猫又が、襖から顔を出して怒鳴った。黒色の毛が逆立っていて、なかなかにご立腹な様子。
猫又
瑞月様が待ってんだから早くしてよ!
万城 瑞月
猫又、そんな言い方は良くない
猫又
早くしやがれください人間様
甲斐 晴人
万城の言うことだけめっちゃ聞くじゃん……
瑞月が注意した途端に、微妙に棘のある敬語もどきになるのに苦笑して歩みを再開する。
とにかく、今は視線の問題が最優先だ。




万城 瑞月
──さて、鬼が出るか、蛇が出るか
瑞月の零した、小さな呟きに気付くものは、いないまま。

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