自称「くーちゃん」こと、来宮久遠(きのみやくおん)。
俺の初恋の相手である。
はずなのだが…
なんというか…こう…地味だ。
とにかく地味。
顔立ちは悪くないとは思うのだが、メガネにおさげ…最近のオシャレ女子な感じではなく、田舎の芋女感満載の地味女。
前にも言ったが、化粧もしてない眉も手入れしてない、ほんとに手付かずな感じ。
初恋の相手に会ったはずなのに、全く胸が踊らない。
むしろただでさえあまり覚えてない初恋を、もう一生思い出せなくていいやと思えるほどの落胆。
これがほんとに俺の初恋相手なのか。
誠に信じ難い。というか信じたくない。
綺麗だと思っていた過去が、一気にドブ川のようだ。ほんとに失礼だとは思うが、本気でそう思った。
久遠はというと、思い出してもらえたことがそんなに嬉しいのか、顔を赤らめて何やら挙動不審な動きをしている。
正直勘弁してくれと思った。
理由は久遠がどうこうという訳ではなく、普通に年齢的にも見た目的にも女の子から「たっくん」と呼ばれるにはキツいと感じたからだ。
俺はたっくんは嫌だと言う代わりに拓磨と呼ぶことを提案する。
すると、久遠は嬉しそうに笑った。
敬称「くん」かよ…と思いつつも、俺は小さく「よろしく」とだけ言った。
久遠は、なんだかんだ面倒見のいいタイプだったらしく、それからは毎日のように街がどう変わったかや今通っている学校の話をしたり、引越しの荷物の整理や転入の手続きについて、色々と手伝ってくれた。
そういうこともあって、俺は久遠と同じ学校に通うこととなり、学校自体が人数の少ない事もあり、簡単に馴染むことが出来た。
そういう経緯もあり、なんだかんだで久遠に対する気持ちも、好印象になりつつあった。
転入してすぐは都会からの転校生ということもあり、東京に行ったことはあるのかや、都会では何が流行ってるのか、神奈川はどんなところだったのか、色々と聞かれた。
東京に憧れでもあったのか、久遠もキラキラと目を輝かせていた。
学校からの帰り道、下を向きながらぽそりとつぶやく久遠。
俺はぶっきらぼうにそう返した。
重ねて言う。
途端に久遠は悲しそうな顔をした。
そう言って久遠は「先に帰るね」と、俺の顔を一切見ることなく走り去っていった。
俺は何となく一人気まずくなり、いつもよりゆっくりとした足取りで家へと帰った。
家に帰って何時間経ったか、俺の家の固定電話が鳴る。
珍しいなと思いつつ、ずっとけたたましく鳴る電話の音で家に自分以外の人間がいないことを察した。
誰に言うでもなく、ひとり言を言いながら電話のある方へと向かう。
受話器を手に取り「もしもし」と言うより先に、電話越しから震える声が聞こえた。
それは、紛れもなく久遠の声だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!