【元好きな人】が私を見据える。
私は言葉に詰まり、下を向いてしまう。
なぜだろう、私が好きなのはあいつで、この目の前にいる人は、もうただのクラスメイトなのに、「ごめんなさい」というのがなぜか申し訳なくて、断りづらくて
本棚で埃被った本とか机の下に落ちた栞とかがやけに目に入った。
下を向いて黙ってると、【元好きな人】は溜め息をつく。
「お前、いっつも気使いすぎ。」
「え?」
「お前はお前だろ。【私】の生き方を決めるのは【私】であって他の誰かじゃない。他の誰かに気を使って生き続けてたら、【私】の人生は違う人によって設計され、違う人のものになる。」
「私の、人生」
気を遣わせているのはむしろお前だろ、という言葉が喉元まで出かかってぐっと飲み込む。
私の人生が、他の人によって色付けられてしまう、という【元好きな人】は、悔しいけれど私の心に刺さった。
この【元好きな人】も自分の人生を設計するために、私が困ることも承知で、私に告白したんだ。と思う。本当の事なんて知らないけど。
だとしたら、私も自分で選択しなければいけない。
自分で、ちゃんと人生を作らなきゃいけない。
申し訳なさと怖さが混ざって、お腹の底でぐるぐると回っている感じがする。
「…ありがとう。でもごめん。」
「そっか。」
「うん、でも、ほんと嬉しかったよ」
「ああ。」
「ごめんね。」
「謝んなよ。それがお前のした選択なら、俺は責めもしないし怒りもしない。」
「ありがとう」
「うん」
【元好きな人】は少し黙って、じゃあ、と言った。私もじゃあね、と言ってその場を離れた、気がする。
この古びた校舎、数時間前まで何百という生徒が皆西を向いて勉強していたこの閉鎖空間。
そこから見る青空が、私は好きだ。
あいつも、そうだと言っていた。
じっと、果てしなく広い大空を見つめるあいつの瞳に、心臓が高鳴り、今もこの高揚した思いを抱えて、空を見ている。
こんな古くて世界中の人から忘れ去られたような、何十年も前に時がとまってしまったような、この寂れた図書室の、小さな窓からも空は見えた。
あいつも今、私と同じ空を眺めているのだろうか。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。