第32話

盲目的な、⑴
1,219
2018/07/20 07:36
- ホーラビ - 🐰





俺は目が見えない。



小さい頃に、事故で両目をケガしたそうだ。

記憶はない。


外出するときには包帯をしている。

一目で目が見えないことが分かるしね。


真っ暗な闇の中で10年以上過ごしてきたが
まぁ、不便だ。



点字は読めるようになったものの、
外に出ることが怖い。

そして、人と関わりたくない。


むしろその事故で
死んでいた方がマシだったのではないか。

とも考えていた。

-

俺はやけに耳がいい。


いや、
頼れるものが聴覚ぐらいしかない

という方が正しいのか。


外はそろそろ夏らしい。


窓の外からは、

セミの鬱陶しいと感じられるような声と

チリン、という綺麗な音が聞こえる。


その音の正体は、どんな形をしているのだろうか。



夏は、どんな色なのだろうか。


-

俺は恋をしているようだ。



相変わらず、
窓の外からは綺麗なあの音が聞こえるが、

それに混じって、声が聞こえる。


男の声だ。


母さんの声と、交互に聞こえる

その、強くて、生き生きしている声に
俺は惹かれた。



母さんと彼の会話を聞いてみた。


夏野菜がたくさん採れたから
おすそ分けをするとか、

最近暑くていやになるだとか、

学校の勉強がどうだとか。


どうやら彼は、俺と同い年らしい。



「おばさん、これ、いつも窓のとこにいるあの子に渡して下さい」



紙袋の音。



「それじゃ、また明日も来ますね!」



帰るようだ。

足音が遠ざかっていく。


明日もここに来てくれるらしい。

「仁、お向かいさん家のあの子から」



彼は、道路を挟んだ向かい側の家に住んでいるらしい。


紙袋の中身をそっと手にとった。


…これはなんだろう。


硝子のような素材で出来ていて…

丸くて…

長めの紙がぶら下がっている……?



「母さん、これなに」


「これは風鈴よ」



風鈴。



「風にあたると音がするの」



少しだけ揺らしてみる。

綺麗な音が鳴った。


これだ。


あの音は風鈴だったのか。


俺は
窓の外に風鈴を取り付けてもらった。


-


その翌日、

またお向かいさん家の彼が来て
紙袋を母さんに渡して帰っていった。



その翌日も、


その翌年も…


俺に新しいものを教えてくれる。



俺は無意識のうちに、

彼の姿を見てみたい と思っていた。

-
チャイムが鳴った。


今、母さんは出かけている。

俺はいつも通り、そのチャイムを無視した。



「すいませーん」

「……居ないのかな」


彼だ。



俺は急いで階段を駆け下りた。


いつもは一段一段、手すりを掴んで降りるが、

今日は手すりを掴んでいる手が痛くなるような、
そんな速さで階段を降りれた。


久しぶりに急いだからなのか、

鼓動の音がやけに大きく聞こえる。


ドアの前に立つ。


このドアの向こうには、

彼がいる。


そう思うと、さらに鼓動がはやくなった。


汗をかいている手で、
俺はドアノブを捻った。
-

「あ、いつも窓のところにいる…」


「えっと、なんの用?」



なんで俺はこんなに素っ気ないんだ。

もっと愛想よくしたいのに。


あぁ、
家族以外の人と関わるのが久しぶりだからか。

「これ、君に届けに来たの」


「なに?これ」


「それは開けてからのお楽しみ!」


「…」


「どう?気に入った?」



どう と聞かれても、
見えないのだから答えようがない。



「なんで目つぶってるの?」



そうか、
包帯を付けてないからわからないんだ。



「…目が見えないから」

「だからこれがなんなのかわからない」


「…そうだったんだ」

「なんか、ごめん」



少しの沈黙が続く。


多分、悲しい顔をしているんだろうな。

こーゆー時だけ、
目が見えなくて良かった と思う。



「用はそれだけ?」


「あ、あと夏祭り、一緒にどうかなって」


「夏祭り…?」



正直言ってすごく行きたい。

もちろん、好きな人と夏祭りなんて
夢に見ていたことだ。


だけど、彼に迷惑をかけてしまう。

「迷惑かけちゃうから…」


「それなら大丈夫!」

「明日なんだけど…いいかな?」


「明日……」



いいよ、

不意に口から出た言葉。


彼はきっと嬉しそうな顔をした。

…はずだ。


-


「母さん、俺、お向かいの人と夏祭り行く」


「あら、珍しいわね」

「目のことは彼に言ったの…?」


「言った」


「まぁ…気をつけてね」



母さんが心配しているのがわかる。


確かに

何年も遊びに行くことがなかったし、

ましてや1回しか会っていない人と遊ぶなんて
心配するに決まっている。


でも、
このチャンスは逃したくないから…。



俺はリビングを後にした。

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