かつてのμ'sメンバーである、絢瀬絵里、東條希、矢澤にこの3年生らが卒業してから丁度2年が経った。
今度は私たちの番……か。
凛と花陽は同じ大学に進学。確か、農学部だったわね。
私?
相変わらずの医学部よ。あまり好んで入りたくなかったけどね。
別に親の後を継ぐことは大事だと思ってる。私が、人々を助ける唯一の存在だということも、分かっているつもり。
でも、不満なのはこの先の未来のこと。
それを分かっていたとしても、親の言いつけっていうことのせいで、実際に医者の仕事に就いてもいい気分にはなれないと思うのよ。
つまりは何をやっても思い通りにはいかないってやつよ。それは、例え、トマトを10年分差し出されたとしてもね。
でも、その腹立たしさは陽気な同級生の2人と暖かくなりつつあるお昼の陽の光に溶かされていくわ。
花陽は上の空で思い出し語りを始める。その姿も少し大人っぽくなっていて、なんだか昔がより懐かしく感じてしまうわ。
部内一の成績の悪さを誇っていた凛は力強く語る。
あの頃は私も必死になって手伝ったけど、それ以上に、本当に、頑張ったと思う。それほどに農学部に入りたかったのか、それとも……。
だけど、卒業気分をすっかり堪能してしまってふわふわしている感を撒き散らす2人にはバシッと言ってやる必要がある。
……それでも、こんな反応だけど。
花陽は期待の眼差しでまた空を見つめる。そう思うのも仕方ないことよね。
実は、私たちは3年生に上がった後からあまりみんなと会っていないの。連絡も全くよ。
更にことりとエリーは海外にいて、穂乃果たちの卒業パーティに久々にエリーと会って以来、2人とは全く会ってないの。
ことりはパリでデザインの勉強。エリーはおばあさま孝行と言ったところか。
でも、今日のために、2人ともわざわざ来てくれたのよ。
花陽と凛は楽しそう。
私は……いろんな意味で楽しみよ。
走って校門を出て行く凛を、私と花陽が追いかける。希たちが卒業してから体力が激増している凛に追いつけるワケもなく、息を切らしながらついて行った。
予約していたお店に入ると、お店の暖かい暖房と共に、穂乃果が元気に出迎えてくれた。
相変わらず、変わってない。
唯一昔と比べて変わったところと言えば、セミロングだった髪の毛が背中まで伸びていることくらいだろうか。
凛は嬉しそうに言う。
のほほんとした笑顔で迎えられた。
穂乃果の自然なニコニコスマイルが見れてホッとしたわ。
見てるこっちまで笑顔になりそうな表情よね。
そう言って、穂乃果は私達の背中を店内の奥へと押す。
指先が冷たい。でも気にならなかった。むしろ心拍数の方が気になってくる。
はしゃいでいる凛や花陽を見てた時は何の感情も無かったけど、本当は会いたくて仕方なかったのかもしれない。
ちなみに予約してたのは焼肉屋の広めの座席室。希の提案であるらしいわね。
ほぼ満席の個室がある中、狭い廊下を真っ直ぐ歩いていく。焼肉の焼く音がちょっとうるさいかも。
穂乃果は個室の中を指差した。
私含め3人は穂乃果の腕を辿っていき、指先に行き着いたところで始めて個人の中を見た。
そこには見覚えのある姿があったわ。
微笑ましい。
私たちがまだμ'sだった頃のようだわ。部室に入ったらいつも楽しそうに、笑顔で出迎えくれる、あの頃に。
少し顔を赤らめていた希は言った。
別に深い意味はないと思う。片手に持っているビールグラスが証拠よ。っていうか、飲むの早すぎ。この間、成人を迎えたばかりでしょ。
もちろんさっきの発言は冗談で、凛に微笑みを見せる。
それを見た凛は少しほっとしたように見えた。
高校1年のときの凛の身長は平均より低かったのに、2年になり始めて急に伸びてきた。3年のときになると私と同じくらいになって、ちょっとびっくりしたわね。
ことりと穂乃果だけでなく、みんなが首を傾げた。
変わってたら流石に分かる──
──と思ってたわ。
何のことかさっぱり。
ズイズイと迫ってくる凛から視線を逸らし、花陽を見つめる。でも、期待は裏切られたわ
花陽は『真姫ちゃんならきっと思い出せるよ』みたいな期待の笑顔で見てきたのよ。
そんなことは全くもって興味ないのに。
凛のくせになぜか理由がしっくりくるのが悔しいところね。
私達は個室の入口にずっと立ちっぱなしだったわね。
長方形の机に座った私達の向かいに穂乃果、海未、ことりが座っていて、向かって左がにこちゃん、右が希とエリーが肩を寄せ合って座っている。
希がにひひと笑ってこっちを見る。こころなしか私の顔が熱くなっていった。今の自分の表情も分からないから、希とは全く違う方向に顔を向けたわ。
私達はそれぞれの飲み物と、お肉を選んで注文したわ。希は追加のビールを頼んだみたい。手元のグラスは……もう空っぽだった。
飲み物が届き、それぞれのグラスに手をかける。
──かんぱーいっ!!
穂乃果の掛け声と共に卒業パーティが始まった。
みんなが凛の件について唸って考えている間、希の方をぼーっと見る。彼女はこっちに気がついてないみたい。
いつか彼女に引っ張られてどこかに連れて行かれたいわ。それを想像するだけで楽しくなるわ
希は酔っているせいか、エリーにべったりとくっついている。いいなぁ……。
あなたのことを本気で愛している人がここにいるっていうのにね……。
気づけばジョッキ片手に握る彼女がこちらを見つめている。いや周りのみんなも。
そこからかれこれ1時間くらい経っていた。ずっと希に集中していたせいか、焼肉を取るのを忘れてたわ。食べなきゃ。
うん。美味しい。卒業パーティにふさわしい味ね。
でもやっぱり、私の左手側が気になって目線を向けると丁度希と目が合った。希はエリーに迷惑をかけさせている。まるで駄々っ子みたいで可愛い。そんな状態の中で見つめ合う。
また、まただわ。顔が熱い。今度はこころなしなんかじゃない。
結局、また私の視界から希を消すことになった。
パーティは2時間ほどでお開きとなったわ。
あの間、いろんな話をしたわね。
大学はどういうところか、穂乃果と海未との関係は付き合うまでに順調に進んでいるということもか、海外はどうなのか……。
結局、昔の凛と変わったところは口癖である『にゃ』らしいわ。前にも『凛って変わったな』って思ったときがあったけど、そういうことだったのね。
でも、これらはハッキリ言って重要ではないことよ。
重要なのはもうすぐ近づく"あの日"のこと。
お店から出てみたら、無駄にあったまり過ぎた体に冷たい風が吹き込んできた。
暖かさで回転が遅くなっていた頭が冴えてきたわ。
どうしようか……。
いや、せっかくのいい機会なのよ? ここで逃したらどうするのよ。
で、でも……。
私の頭の中の天使と悪魔が会議をしている。悪魔は言いすぎかもしれないけど、そんなことは関係ない。
みんなはそれぞれの家に向かっていく。それを見てある人に反射的に話しかけた。
ドキドキする。こんなに勇気を出すのも久々だ。それほど安定した生活を送れていたっていうことなんだけど、ってこれも関係ない!
今更引いても後味悪すぎだし、こうなったらヤケクソよ。
沈黙、そして──
──大失態を起こした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。