前の話
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私は知っている。
この人が、私に隠し事をしていることを。
そして、私に気づかれていないと思っていることも、私は知っている。
だから私は、それにつけ込んで気づかないふりをする。
変なところで、夏樹はいつも鋭い。
私の気持ちには疎いくせして。
とっさに冗談で返す。
私はこうして、〝いつも通り〟を演じていく。
何言ってんだよ、夏樹が笑う。
何日も何日も〝いつも通り〟を演じているせいで、それが日常になってしまっている。
私は今日も、〝いつも通り〟笑う。
夏樹は、過剰に嘘を嫌う。
それが例え、冗談だとしても。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!