第36話

思い出して…
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2017/10/22 04:08
病院に着いた私はものすごく緊張していた。

あぁ、どうしよう。

達也の病室に近づくにつれ、帰りたい!という気持ちが強くなる。

けど、会ってみないと…。

と達也さんの病室へ行くと、誰かがいた。

シャッとカーテンを開ける。

「あ、先生…。」

何か話してたのかな?

「あれ?昨日の…」

と達也さんが言う。

涙が込み上げてきた。


やっぱり…。


覚えてない…。

すると、少し悲しそうに先生が私の方を見て、

「あなたちゃん。だったかな?ちょっと話があるのだけどいいかな?」

「はい。」

「他のお二人はどうされますか?」

と先生が清水さんと松本さんに聞く。

「僕は良いです。」

と清水さん。

「じゃあ、行きます。」

と松本さん。



「どうぞ座って。」

診察室みたいな所へ案内された。

「多分ね、多分と言うか、記憶喪失だと思う。」

「でも、忘れているのはあなたちゃんだけ…。」

「うーん、でも、ちゃんと君の名前を呟いてたんだけどなぁ。」

なんでかなぁ、と言うふうに言った。

松本さんと私は何も言わなかった。

「記憶喪失の場合、数日で記憶が戻る場合もあるし、一生戻らない場合もある。」

「あなたちゃんと久我さんはどう言う関係なの?」

「えっと、私の叔父が達也さんなんです。」

「ほう。」

「それで、私の両親がこの前交通事故で亡くなってしまったので、引き取ってくださったんです。」

「なるほどねぇ。久我さんのご家族はもう亡くなっているのかな?連絡が取れないのだけれど、」

「はい、中学生か高校生の時に亡くしています。」

と松本さんが言う。

そうだったんだ…。

そういえば、私…

達也さんの事何も知らない。

誕生日は?

血液型は?

好きな食べ物、嫌いな食べ物は?

基本的な事なのに…知らない。


「まぁ、数日病室で様子を見よう。昨日も言ったけど、脳に異常は見られなかった。」

「看護師から、記憶が一部失った。と聞いてからもう一度検査したけど異常は見られない。」

「そうですか…」

「数日とは言っても、明日退院の予定なんだけど。大丈夫かな?」

「はい…。あの、記憶が無くなってるって言うことを達也さんに伝えても大丈夫何でしょうか?」

「うん。それは問題ないと思う。と言うか、伝えないと困るでしょう?」

「はい…。」

「じゃあ話は終わり!久我さんに早く会ってきなさい。」

「ありがとうございます。」

と松本さんと私はお礼を言い、病室へ向かった。




「こんにちは。」

と達也さんに声をかけた。

すると、

「こんにちは。」

誰だろう。と言うふうに達也さんが返してくれた。

「調子はどうだ?」

と松本さん。

「大丈夫だよ。もう働けるんだけど。」

と笑っていた。

達也さん、その笑顔好きです。

その笑顔を私にも見せて…。

「えーっと、君は…?」

私は意を決して全て言おうと思った。

「達也さん。私は今、達也さんと一緒に暮らしています。」

「えっ」

と驚いていた。

「小宮あなたです。達也さんは私にとって叔父さんにあたる人で、

私の両親が亡くなった時に引き取ってくれました。」


達也さん、あなたは私に魔法の言葉をくれたの。

『おいで』

その言葉で私は救われたんだよ。


「それで、一緒に暮らし始めて、一ヶ月ちょっとです。」

泣かないで、私。

「そのことを達也さんは忘れています。」

最後まで、ちゃんと。

「君と…暮らしてる?」

「はい。」

「その事を僕らも知ってるよ。」

清水さんは言った。

すると、さらに達也さんは驚いていた。

今まで達也さんと過ごしてきた日々がよみがえってきた。


ねぇ、

「達也さん…。思い出して…」


私はもう溢れ出す涙にこらえきれずに泣いていた。

私は病室を飛び出し、松本さんと清水さんが呼び止める声にも応じず、走った。


なんでこんなこと言っちゃったの。

達也さんのことだからきっと思い出せなくて申し訳ないと思ってる。

それに、思い出そうとしてくれる。

でも私は…

今までの日々をなかった事にはしたくない。

私が達也さんの事を好きになった日々、

ふとした仕草に心を奪われ、好きに溺れていく日々を。

達也さん…

達也さん…

思い…出して…。

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