――三月。
とうとう、爽太との別れの日がやって来た。
友達たちとは、さっき別れを惜しんで遊んできたらしい。残るは、家族と、悠奈の一家だ。
道に出した車に乗り込む爽太を、みんなで並んで見送る形である。
「爽ちゃんが、いなくなっちゃうのねえ」
由紀子はもうボロボロ泣いている。それに比べて悠奈の父・芳文は誇らしそうな顔をしている。
車を運転していく爽太の父・勇は車の前で静かに立っているが、梨花は機嫌が悪そうだった。
「お兄ちゃんがいなくなると、家が広くなるからよかったわ」
みんな照れ隠しだとわかっているので優しく見守る。ずっと梨花が悠奈のパーカーの裾を握りしめているのに気づいて、爽太がちょっと困ったように笑った。悠奈は「大丈夫」と目で合図を送る。
いよいよ時間だった。爽太のお父さんが運転席に乗ってエンジンをかける。
新幹線の駅までついて行ってもいいと言われたが、悠奈はここで見送ることにした。ずっと慣れ親しんだ、この場所で。爽太の帰る場所である、この家の前で。
「爽太」
声をかけると、爽太はゆっくり悠奈に向き直った。
目が合って、一瞬沈黙が流れる。
そして悠奈は落ち着いて口を開いた。
言う言葉はもう決めてある。
「元気でね」
頑張れとは言わない。爽太が頑張るのは、痛いほど知っているから。
――だから、どうか元気で。
「ああ」
爽太はそれだけ言って車に乗り込んだ。
それだけでよかった。
あたしの思いは伝わった。そう確信できるから。
走り出した車を見つめて、悠奈は微笑んだ。
目を閉じれば思い浮かぶ。
笑った顔。怒った顔。困った顔。優しい顔。
全部あたしの大好きな、爽太だから。
でも、それはあたしの秘密。
夢を追いかける君には、絶対秘密のあたしの気持ち。
いつか、話せるときがくればいい。
それまであたしは、ずっとここで、君と過ごしたこの場所で、待ってるから。
君が幸せでありますように――
それがあたしの、一番の願いです……
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。