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第2話

桜色と若葉色 #1
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2017/11/02 08:57
「桜色と若葉色」#1

木枯らしの吹きすさぶ朝。
美しい雪の結晶が描かれた柄のパジャマに白のカーディガンを羽織った女性が手に息を吹きかけながら玄関から少し離れているポストまで小走りで走る。
朝刊を手に取り、その影に隠れるように入っていた茶封筒を取り出す。
なんの手紙か、と思いつつも、左手に持っていた朝刊を小脇に挟みつつ、左手の中指を薬指で封筒を持ちポスト

1

10年前の夏の終わり、高校一年生の彼女─桜樹春日─は烈火のように怒っていた。

桜木春日「─島野中の前のバス停で待ち合わせしよう!って言ったのは古縁でしょ!?信じられない!」

普通のカップルで、ましてや5年も付き合っていたら、このくらいの事あたりまえに許せていたと思う。
今の自分の器がペットボトルのキャップ並に小さい事はさすがに春日も自覚している。
こんなにプリプリ怒って海老じゃないんだから…と心の隅では思っているのだが、悟りを開く事ができないのは、春日なりの理由があるのだ。
芸術系の学校の推薦を蹴ってこの学校─楠が丘高校─に入学した春日は1年生ながら廃部寸前の美術部を部長となり育てた張本人なのである。
今この時期は、9月の上旬に差し迫った「楠明祭」の準備に学校中が大忙しで、春日も門の設営、パンフレットの表紙や挿絵の作成など、やることは山積みなのだ。
一方、春日の彼氏である古縁は帰宅部なので、クラスの模擬店の手伝いをすることはあるにせよ、春日ほど学校に残ることは滅多にない。
放課後は一緒に帰れない事を見込んだ古縁から朝早く学校に行く事を提案してきたというのに…。

桜木春日「初日から遅刻ってどうゆう事なのよっ!!」

桜木春日「─やばっ…。叫び過ぎた…。」

思った以上に声が響いてしまい、朝練をする中学生に好奇の目で見られてしまった。
母校の生徒や後輩に変な噂を流されるのはごめんだ。
知ってる顔がないかとキョロキョロしていると、後ろからひどく見覚えのある顔の2人がこちらへと歩いてくる。
ため息をつき、

??「落ち着きのない生徒がいる高校だなんて噂されるとか、楠が丘高校の恥だわー。ねっ。流星!」

桜木春日「─げっ。やっぱし…。」

??「おっ、おう。」

桜木春日「─何飲まれてやがる、ヘタレ真白。」

桜木春日「おはよう…。紅葉……。」

『恥』に無駄なアクセントをつけた黒髪美人と隣の茶髪男子は

桜木春日「─でましたー。今会いたくない人ランキング、ブッチギリで1位の乃山紅葉さんとそのお供の真白流星くんでーす。はは。」

紅葉はさっきまでしていた迷惑そうな顔を一瞬でゲスな顔へと変化させ、

芦屋紅葉「たいへんねぇ、気まぐれ猫系毒舌王子の古縁の彼女さんはww」

と、ニヤけながら言う。

桜木春日「思ってないでしょ!それに古縁にそんな二つ名はありませんから!」

桜木春日「─こいつ、今考えたな。」

桜木春日「それにその二つ名、思いっきり私情挟んでるでしょ。」

芦屋紅葉「へへっwばれてしまったかー。」

真白流星「バレてないと思ってる所がすごいよ…。」

二人の会話を冷静に聞いていた流星がボソリと呟く。
サラッとツッコミつつも紅葉の横顔に熱い視線を送っている流星に一瞬吹き出しそうになるも、後でどれほどネチネチ絡まれるか分からないので堪える。

芦屋紅葉「まっ、待ち合わせすっぽかされたのにまだ肩持っちゃう所、春日らしいけどね。」

桜木春日「─なんで知ってるの!?」

紅葉の突然の指摘にたじろいだ春日だったが

桜木春日「な、なわけーw何でそう思ったのー?」

一生懸命冷静を装う。
が。

芦屋紅葉「やっぱ、そうなんだww
それはご愁傷様でwww」

目ざとく勘の鋭い紅葉になど隠せるわけがなかった。

桜木春日「─そういえば、さっき私は叫んだじゃんか!
単に目ざといだけじゃない。
それを聞いてたとしたら…」

桜木春日「紅葉!あんた図ったでしょ!!」

芦屋紅葉「てへ♡」

桜木春日「─やる相手を間違ってるよ!
それが効くのはやつだけ!!」

紅葉の右隣から

真白流星「天使だ…。」

と聞こえた気がするがそれは一旦置いといて。

桜木春日「─私は弁解しなくちゃ。」

桜木春日「別に…。肩持った訳じゃないし。」

芦屋紅葉「ふーん。」

一度そう口にするとメラメラと怒りの炎が再燃し始めた。

桜木春日「(わたしなんでどうでもいいんだ…。)」

桜木春日「(会いたいって思ってるのは私だけで、一緒に行こうって言ったのもほんの気まぐれ。)」

忘れられた悲しみは深い。

桜木春日「古縁なんて、知らないよ…。」

芦屋紅葉「そっか。ついにあんたもあいつの勝手さに愛想尽きたか。」

桜木春日「─それは違う。」

芦屋紅葉「それぐらいの想いだったのねー。」

桜木春日「─それも。」

芦屋紅葉「破局しちゃうのか。まっ、春日ならすぐにいい人見つかるって。」

桜木春日「─違う!!」

桜木春日「誰も別れるなんて言ってないじゃない!私、私…。古縁が大好きなんだよ!別れるわけない。好きが尽きるわけない…!」

桜木春日「─考えただけで心が痛くなる。古縁と別れたら、なんて。」

芦屋紅葉「
…ごちそうさん…ww」

桜木春日「へ?」

桜木春日「─あっ……。なんだ。からかわれてただけか…。」

やっと状況を悟った春日はその場で崩れ落ちる。
視界が段々ぼやけていく。

2人とも「「えっ。」」

ふたりの驚く声で、自分が泣いているのだと気づく。
これには先程から紅葉にしか興味がなかった流星も、

真白流星「紅葉、ちょっと演技力抑えめに…。
春日本気にしちゃうから…」

と宥める始末だ。
紅葉は頷くと、

芦屋紅葉「ちょ、ごめんて春日。
なかせるつもりはなかったんよ?ね?
むちゃぽこお似合いなあんたら別れさせたら神様の怒り買うわ!
ほら!元気だして?
ボンタンアメあげるから!!」

紅葉の必死の姿がめずらしいので危うく笑い転げそうになった春日だが、ボンタンアメをもらいそこねるのは嫌なので、

桜木春日「1箱、まるごとだよ…?」

と問う。
紅葉はお腹でも刺されたかのように

芦屋紅葉「ん゛っ」

と声を出したが

芦屋紅葉「いいわよ…もう1箱あるし。」

桜木春日「─うんw充分楽しんだww」

桜木春日「ごめんなさいは?」

芦屋紅葉「…ごめんなさい。」

桜木春日「もー仕方ないなぁ…。
ま、嘘泣きだ・け・ど♡」

芦屋紅葉「うそだね。」

真白流星「うそだな。」

桜木春日「ちょっ!2人とも即レス過ぎ!
この似た者同士めー!」

春日にどつかれながらも流星は

真白流星「─この2人ってこう言いながらも仲いいんだよな……。
─ってか僕らって似た者同士なの?//////」

と、人知れず照れた。



稲垣志乃先生(しーちゃん先生)「えー…今日鈴宮は欠席っと…
カゼらしいからみんなも気をつけてねー」

3人とも「─えっ?」

3人は一瞬理解が遅れた。

桜木春日「─うーんと?
しーちゃん先生が今言ったのは…」

春日にいたっては先程の言葉を反芻する始末である。

桜木春日「─今日鈴宮は休みです…
それはいいんだ。
問題は次。
カゼらしいから注意してね?
カゼってあの風邪?
まっさかーw
風強いからみんな注意してねー的なかんじでしょw」

稲垣志乃先生(しーちゃん先生)「じゃあ波原さん、体調不良の鈴宮のプリントの管理よろしくね!
あと、時間あったらでいいんだけど、お家に届けてあげてくれるかな…?」

波原柚姫「あっ、はい!
大丈夫ですよ!
了解です!!」

桜木春日「─気のせいじゃなかったー」

春日は頭を抱え込んだ。

なぜ春日がこんなに落ち込んでいるか。
それは古縁の風邪の原因が自分にあるからだった。

*:。✡*:。✡3日前*:。✡*:。✡

「楠明祭」の美術部作成正門アートがあらかた完成
し、一段落した春日は久しぶりに古縁と一緒に帰った。
帰る時間には雨がシトシトと降り、残念ながら放課後デート日和とはお世辞でも言えない空模様だった。
そういえば、朝のニュースで梅雨前線がうんたらからたら言ってたような…と天気予報が一瞬頭をよぎるが、

桜木春日「─これもこれで風情があっていいかも♡」

などとのん気に考えていのだ。
正門を出て、古縁の家の近くにある公園に住み着いている白と黒の毛色の野良猫足がまるで靴下を履いたかのように見える事、数学の授業中、居眠りをしていた紅葉が急にガタッと揺れて起きた事、そしてその夢がベットの上ででんぐり返しをして頭から落ちた夢だったこと、古縁が女子にナンパばかりしているバイトの先輩に「先輩って心がブスな女がタイプなんすか?」と言ってのけた武勇伝など、溜めに溜めた会話のストックを話しながら帰っていると、いつの間にか春日の家の近くの河原に辿り着いていた。ストックも尽き、2人が河原をじっと眺めていると猫が現れた。

桜木春日「ん?あれもしかして靴下にゃんこ氏?」

鈴宮古縁「うん!そー!アイツが公園に住み込んでるんだよ…ってん?」

桜木春日「?どしたん?古縁??」

鈴宮古縁「いや、あの猫の近くにダンボールあるだろ?あれの近くにもう1匹猫いねえ?」

桜木春日「あっ!ホントだ!
くつねこさんと仲良しなのかな??
いいねー!」

鈴宮古縁「─さらっと略してるしww」

古縁はそう思いつつも何かを発見した。

鈴宮古縁「あ、まてよ?
くつねこじゃねぇほうの白猫、ガクガクしてるわ。」

桜木春日「あ、ほんとだ…。
あれじゃあ寒そう…。
猫って雨苦手じゃなかった?
あのままだと風邪ひいちゃうよ…。」

桜木春日「─どうしたらいいかな…」

桜木春日「あっ!」

鈴宮古縁「ん?」

桜木春日「私確かブランケット持ってる!
かけてくるからちょいまちね!!」

鈴宮古縁「…おう。」

河原の土手を駆け上り、白猫にブランケットをかける。
が、猫は体に何かを身につけるのは嫌いだとどこかで聞いた気がして、考えを変えた。

桜木春日「ちょっとゴメンよ…。」

青みがかった瞳の白猫の体を左手で持ち上げ、ダンボールにブランケットを敷く。

桜木春日「よし!これで大丈夫!
思う存分くつろいでいいよ!」

と言うと、猫は春日の手に頬ずりした。

桜木春日「よしよし♡」

喉のあたりを撫でてあげるとゴロゴロと鳴いた。
ふと、後ろをみるとくつねこも春日の足元に駆け寄っていた。

桜木春日「可愛い…♡
君の靴下には魔力かなにかが秘められてるの?」

春日がそう問いかけると、くつねこはどうしたらいいのかわからない、とでも言うようにただ春日を見つめ返す。

鈴宮古縁「─ブランケット掛けてくるだけにしては遅くねーか?」

少し心配になった古縁も土手を降りて来ていた。
何が起きているのか、春日はくつねこを楽しげに見つめ、くつねこは戸惑うばかりだ。

鈴宮古縁「春日、楽しそうなのはいいけどさ、風邪引く──。」

その瞬間、くつねこがのそりと動き出し、ダンボールの中に入った。

桜木春日「わぁ……!!」

春日が白猫を持ち上げるためにダンボールに立て掛けていた傘がちょうど猫達が相合傘でもしているように見えた。

桜木春日「相合傘か……。いいな……。」

心の声がダダ漏れである。

桜木春日「…ん?って古縁!いたの!?」

鈴宮古縁「いたよ。ww」

桜木春日「ゴメン、気づかんかった。
帰れるよ!
ブランケットも無事敷けたし!
帰ろ!!」

鈴宮古縁「いや、自分の傘、持ってくるの忘れてるよ。」

桜木春日「はっ!
そだ、傘取──。」

春日はダンボールを見やる。
そこには愛らしい二匹の猫と自分の傘。

桜木春日「う゛っ……」

何かを我慢するかのような声を出し、春日はぷるぷると震え始めた。
せっかくくつろいでいる二匹を邪魔したくないらしい。

鈴宮古縁「─春日はほんとにお人好しだな……。
いや、待てよ。
そんなこと言ってる場合じゃないんじゃ……?」

雨に打たれている春日をほっておけるわけない。
しかし、春日は傘を取りたくないらしいし、あの様子じゃ、もう一つ傘を持ってるなんてこともなさそうだ。

鈴宮古縁「─そうなったら、相合傘……?」

鈴宮古縁「─いやいやいや!ハードル高すぎ!
無理!!」

鈴宮古縁「
春日。」

桜木春日「ん?」

鈴宮古縁「俺の傘使って帰って。」

古縁が考え抜いて出した答えがこれである。

桜木春日「ん?いや、だってそしたら古縁はどうするの?風邪ひいちゃうよ?」

鈴宮古縁「俺は大丈夫だから!」

桜木春日「いや、大丈夫じゃな──。」

鈴宮古縁「そーゆう事で!」

桜木春日「
─もう少し、話して帰りたかったな……。」

と春日がしゅんとしている頃、古縁は、

鈴宮古縁「─おれのバカ、アホ、いくじなし!
ここに穴あったら潜りたいーっ!!!」

雨の中を走りながら自分の不甲斐なさを呪っていた。

そんな古縁の想いや葛藤なんて知る由もない春日は

桜木春日「─わ、私のせいだ……!」

と、取り乱す。

桜木春日「私に出来ることは……。」

桜木春日「─謝罪だ。」

桜木春日「そして古縁のプリント類の管理とノートの写し……。」

真白流星「春日。
さっきから心の声ダダ漏れてる。
驚いて頭パンクしてるのはわかるけど、今ホームルーム中だから。」

桜木春日「─はっ…!」

隣の席に座る流星の忠告で我に返る。

桜木春日「ごっ、ごめん!ありがと…!」

少しずつ本気を出し始めた北風が窓を揺する、そんな朝だった。

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