聖蘭高校の新校舎と旧校舎、二つの校舎を結ぶ渡り廊下。
その手すりに肘をついて、怜は虚空を眺めていた。
「……ぁ、あの!」
右方向から声がかかった。頬杖をやめてそちらを見ると、見覚えのある女子がいた。
「……あなたの友達の、春田さんだよね。何か用?」
「……えっと、用って言うか……その、よかったんですか?」
「敬語じゃなくていいよ。何のこと?」
「――あなたちゃんのこと。好き、なんじゃ……」
視線は地面にいっていたが、一生懸命に由麻は言った。
それをすぐ察した怜は口元に笑みを浮かべ、穏やかな声音で答えた。
「昔はそうだね。あなたを“幸せにしたい”って思ってた。でも、今は違う
あなたに、“幸せになってほしい”って思ってるよ。
そのために二人をくっつけた。オレの勝手な願いを半ば無理やり叶えさせたようなものなんだ。だから、春田さんが気にすることじゃないよ」
「…………」
違う、と、由麻はこの時思っていた。
「(そうじゃない。由麻が聞きたかったのは、そんなことじゃ――)」
「ねぇ」
「はいっ!」
びっくりして由麻の声が裏返りかける。が、特に気にする素振りもなく怜は尋ねた。
「オレはまだここにいるけど、春田さん、中野さんといなくていいの?」
「……みうちゃん、は……」
――由麻の背中を押して送り出してくれたから、どこにいるかわからない。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。怜はそんな由麻の様子を観察し、言った。
「そっか。じゃあオレがどこか行こうかな」
ひらひらと手を振って、怜は由麻と逆方向の、主に教室などがある新校舎へ去ろうとする。
「っあ……!ま、待って!!」
由麻は思わず引き止めてしまった。怜が足を止めて振り返る。
チャンスは『今』しかなかった。
(せめて、告白できなくても……!!)
「――新しい恋、とかどうですかっ!?」
「……オレといても楽しくないよ」
「え……」
小さく声を漏らした由麻に、優しくも儚げな微笑みを返すと、怜は今度こそ新校舎へ去っていった。
由麻は動けず、その場に立ち尽くしていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。