犯人は――――1歳くらいの男の子だ。いることはわかっていたが、予想より大きくてびっくりしてしまった。
「幸太だよ。幸せに太いで幸太。頭撫でられるのが好きだから、よかったら撫でてあげて?」
にっこり笑う梨沙。
私はじっと幸太くんを見た。くりくりした瞳が見返してくる。顔立ちはあいつに似てしまったようで、なかなか整っていた。
「……よろしく。幸太くん」
「あいっ!」
「おぉ、すごい……返事できるんだ。すごいね」
できるだけ優しく頭を撫でてあげる。幸太くんは嬉しそうにして、お母さんである梨沙のところへ駆けていった。
梨沙はんしょ、と言いながら幸太くんを抱えて膝の上に乗せ、私に向けて笑った。
「とにかくさあなたちゃん。あいつとのことはもう忘れていいんだよ。それで、新しい恋して?
わたしあなたちゃんの恋バナ聞きたいな!」
「……強いね」
「そう?まぁ切り替えは早いからわたし!」
ドヤる梨沙が面白くて笑みを零す。
あの時もそうだった。
中学二年生の秋、梨沙は大学生の人と付き合った。
その人はかなりイケメンだったけど、結構チャラそうだった。梨沙もナンパされて付き合ったって話してきたから、私は反対こそしなかったけど不安だった。
でも、梨沙は楽しそうだった。
毎日笑顔でのろけ話を聞かされ、表面ではめんどくさがりながらも本当は嬉しかった。そんなに幸せなら大丈夫だろうって、勝手に判断してた。
付き合ってもうすぐ一ヶ月という時だった。
梨沙が『妊娠』した。
梨沙の彼氏だったあいつは何の責任も取ろうとしないで、別れることですべてから逃げた。梨沙はまだ14歳で、あいつが支えてあげないといけなかったにも関わらず。
最低な奴だった。もっと梨沙の彼氏のことを知っていれば。真剣に交際を止めていれば。私は、自分を責めて責めて後悔した。
病院へお見舞いに行った時、梨沙は言った。
「わたし、この子を産む。ちゃんと育てるよ」
その言葉通り、梨沙は高校へ通わず立派に幸太くんを育てている。
梨沙と連絡を取らなくなったのはいつからだろうか。私からやめたことだけは憶えていて、余計に罪悪感が湧いてくる。
――だけど、梨沙は私の後悔を“もう忘れていい”と言ってくれた。
もちろんすぐには無理だけど……また、梨沙と笑い合っていいのかな。
“梨沙の妊娠の原因を作った”私に、そんな権利はあるのかな。
「……文化祭。前、話したよね」
「あぁ、5月?憶えてるよ!楽しかったってあなたちゃん言ってたよねぇ」
曇りなき笑顔で言われて、自分の嘘を思い出す。
本当は楽しくなんてなかったけれど、梨沙には何も気にしないでほしくて。
文化祭の話なんて、――あの男と梨沙が出会うきっかけになった行事の話なんて、世界で一番したくなかった。
なのに梨沙は聞きたがって……強いと思う。すごいな。
……もう、“大丈夫”なのかな。
「そう。で、その後転校したの。だから文化祭二回目を経験してきたよ」
「えっ!?二回目!?いいなー、一年に二回も文化祭を経験できたんだ!それで?どんな文化祭だった?」
きらきらと目を輝かせて梨沙が身を乗り出してくる。私は笑って、いろんな出来事を話した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。