三時間目は生物基礎で、移動らしい。
由麻が一緒に行こうと誘ってくれ、二人で移動することになった。
廊下を歩きながら私は由麻に尋ねた。
「由麻、私と行っていいの?」
「何が?」
きょとんとする由麻。
私は少し言葉を選んで言った。
「いつも一緒に行く子とかいるんじゃないの?」
「あぁ、うんいるよ!でも今日は風邪で休みなんだ。転校生見たかったーって残念がってたよ」
「校内スマホ使用禁止じゃなかったっけ?」
「朝学校来るときLIMEしたの」
「あね」
ふと、前方から見覚えのある男子がやってきた。
どこだったかな……と考えたが、数秒で飽きて由麻に話しかけた。
そして、その男子とすれ違う直前。
「なぁ」
近くで声がして、無意識にそちらを向けば――何かが顔の横を通り抜けた。
視線を上げると、さっきの男子の顔が超近距離にあった。
左側に目をやれば、そいつの腕があった。「何か」の正体はこれか。
つまり私は、目の前の男子に――いわゆる『壁ドン』をされたらしい。
いや、は?
「今どんな気持ちだ?転校生」
自信満々に聞いてくる男子は、かなり端正な顔立ちをしていた。
あーどっかで見たことあると思ったら、こいつか。例のイケメン。
で、今どんな気持ちか?そんなの……。
「早く移動しなきゃいけないのに邪魔されてうざいな、だけど」
相手の目を見て私はキッパリと言った。
「はっ、そう……え?」
いかにも俺様な態度で何かを言いかけて、男子の表情から余裕が消えた。
漆黒の瞳で食い入るように見つめられる。
うわ、何こいつ……邪魔だっつったのにまだどかないの?日本語わからないの、日本人じゃないわけ?
「行こ由麻」
私は身を屈めて男子の腕の下をくぐり、スタスタと歩き出した。
「えっ……!?あ、あなたちゃん!」
慌てて追いかけてくる由麻の足音を背中で聞いて、私は歩調を緩めた。
イケメン男子がわなわなと震えていることも知らず。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!