二人ならんで歩きながら、隣の斗真を見上げる。
身長の高い斗真の顔は、あたしの上にあるから顔を見て話そうとするとどうしてもそんな話し方になってしまう。
整った顔で、斗真が真剣な目でそんなことをいう。
思わず頬の熱の上昇する顔をそらして、あたしはうまく言葉を紡げずにいた。
言いかけたとき、斗真のにおいを近くに感じて思わず思考が止まる。
斗真があたしを、抱きしめている。
近づく二人の顔。
どうしようもないまま、そっとあげた顔の瞳と斗真の瞳とが互いを映し、あたしの耳元に口を近づけて斗真がそっとささやく。
甘い斗真の言葉に、嬉しさやらはずかしさやらが同時にこみあげてきて思わず彼を突きとばすように軽く押して車道側に後ずさる。
奏は。と、でも続けるつもりだったのだろうか。
斗真の言葉がそこからパーッというクラクション音にかき消される。
一つのこの音以外、何も聞こえなくなる。
横目で見た視界に迫る、大型トラック。
そこで、初めて置かれた状況を理解する。
しかし、傾いた体はもう持ち上がらず、来るであろう衝撃に備えてあたしは強く目をつぶった。
(ひかれるーーっ‼)
斗真の短い言葉のあと、なにかに突き飛ばされてあたしは地面にすべり転がる。
アスファルトとの摩擦による痛みに思わず小さく声を上げ、あちこちかすり傷のできた痛みの走る体をなんとか起こして、さっきまでの道路上をみつめ、ただただ時が止まったのだと思った。
止まったのだと、思いこみたかった。
近くを通っていた人々が、ざわめきだす。
男の人が、動揺しながらも目に映った状況をそのまま口にする。
女の人が、悲鳴を上げる。
親子連れの子どもが、泣き出す。
近所の犬が、吠える。
無機質に見えるそんな道路上の風景の中、あたしの薄い茶色の瞳に反射したのは、目の前に横たわる赤く染まった男の子。
見覚えのある、男の子。
あれは…
途切れ途切れの単語。
呼んでも横たわったままの、その少年はなにも答えず。
その代り、流れる赤色が地面を這うようにじわりじわりと広がっていく。
その少年が、斗真ではない。
そう否定したかった。
そして、否定しているつもりだったはずなのに
わけもわからないまま勝手にしょっぱい水が頬を止まらず伝って、片側車線を赤く染め広がる血のうえに滲んで落ちる。
揺さぶろうとすがりつくあたしを、いつの間にか駆け付けた救急隊員の人が後ろに引き、斗真から離される。
斗真に群がる隊員たちの隙間からかすかに見え隠れする、応急処置。
焦りにまみれた隊員たちの顔と、嫌に緊張した空気。
目まぐるしく進展していく状況に、私だけが理解が追い付かなかった。
目が離せないまま、耳に届く周りの哀れみの声。
そのなかで、一際はっきりした声が呆然とするあたしの背を軽くたたきながら耳に飛び込んできた。
声が出せずに黙ったままコクコクと何度もうなずきながら、斗真の乗せられた救急車に乗り込む。
すぐ目の前の斗真がとても遠い気がした。
(どうか…とうまが…とうまが…助かりますように……!!)
外で無情に鳴り響くサイレンを聞きながら、あたしは唇を噛み締め、眉間にシワを寄せるように強く手を握り合わせて、祈った。
医師は銀縁の眼鏡の奥でゆっくりと瞳を伏せると、表情を歪ませながら、それでも確かな言葉でそう言い放った。
医師の言葉が何かの合図だったかのように、泣き崩れる斗真の母親。
父親も、そしてもうひとりの誰かも。声を荒げることなく、叫ぶでもなく。
静かに、でも確かに泣いていた。
(…これ以上、あたしにここにいる資格はない。
家族から、自分自身から斗真を奪ったあたしが、ここで泣いちゃいけないんだ………)
喉の奥まで押しあがってきた何かを、ぐっとのみこんでそっと病室を出て戸を閉める。
そこまでがもう、限界だった。
閉めた途端に、たってもいられなくなった。
状況はまだ理解していないつもりだった。それでも涙は自分勝手に溢れて、緩みきった涙腺に為す術もなく、ただ自然に涙が止まるの待った。
18:30ごろ。
斗真が完全に呼吸活動をとめるわずか1分前のこと。
そのわずかな斗真の生きた最後をあたしは、はっきりと思い出せる。
目を開かない斗真に絶えず呼びかける風桐家の声がこだまする。
それと並ぶほどのたくさんの医療機器のチューブやら管やらが幾つも斗真へ繋がれ、電子音になった斗真の生命の音を鳴らしていた。
ピ ピ ピピ… ピーー……
誰の叫び声をもかき消すように、
この音だけがはっきりと鼓膜を揺らした。
一度途切れた生命の音は、この瞬間 完全なる一つの命を終えた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。