愛梨さんはこの四葉通り近くの専門学校生らしい。家が特別貧しいとか欲しいものがあるからとかではなく、このバイトは気まぐれで始めたらしい。
ずっと店内で二人くつろいで客足の引いたときには愛莉さんとそんな話をしたりして、あっという間に時間は流れていった。
すっかり仲良くなった愛莉さんとじゃれあっていると、夕焼けに染まった空の向こうから風に乗って『♪ゆうやけこやけ』のメロディーが流れてくる。
そう言って軽く頭を下げるあたしと、丁寧にお礼を言う斗真。
そんなあたしたちに愛想よく、愛理さんは笑った。
(『ごちそうさま』、なんて。斗真って結構礼儀正しいんだな…)
いつもからかわれてばかりのあたしから見ると、斗真は自由奔放な人だと思っていたが、意外な一面だと思った。
そんなどうでもいいことを考えながら、二人並んで帰る帰り道。
なぜか二人の間には、スムーズな会話は流れなかった。隣を歩く斗真との距離が、遠く感じる。
結局あたしも斗真も、ぎこちない空気をまとったまま家に着いた。
9月12日 午後10:42
ベッドの上のクッションや、本棚、カバンの中や洋服のポケットなど。
ありとあらゆる部屋中をあさるように、ものをどけたりしながらあたしは目もくれずに斗真に呼びかけてみる。
ふわりふわりと宙に浮きながら、淡々と何かを読み上げる斗真。斗真に視線を向けると、その手には探していた水色のその手帳。
あたしは慌ててその手から強引に手帳を奪い返す。
(あたし、前のもの貼ったままだっけ!?)
あわてて、手帳のカバーを外して背表紙を確認してみる。
しかし背表紙の両面とも汚れかけている様子すらなく、買ったとき同様、白く綺麗なままだった。
心底腹を立てても見せたが、対する斗真は楽しそうな表情で笑っていた。
スクールバッグを整理しながら、頬を膨らませるあたしを見て斗真が小首をかしげて問いかける。
心なしかちょっとだけ悲しそうに繰り返す斗真。
その様子を不思議に思ってそう聞いてもみたけれど、早口にまくし立てるように返事を切り返すとしゅんとすぐに姿も気配も消した。
(どうしたんだろ…?なんだか元気にないような気もしたけど………とりあえず、あたしも今日はもう寝よ)
斗真の様子は少し気がかりだったが、すぐに明日のことを思い出してひとまず早めに眠りにつくことにした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。