お風呂を終えて髪も濡れたままであたしは、ため息をつきながらベッドに転がる。ため息はついたものの、今の日常が特におもしろくないとかそういうわけではなかった。
むしろ逆。
過ぎていく一日の充実感に浸ったため息とでもいうものだろうか。
(斗真がいたころ以来かな。こんなに毎日が充実してたのって。ま、今もいることは変わりないっか…)
そんな今日を振り返っていると、どこからか斗真が現れる。
あたしがそう注意すると、斗真がすねるように口を尖らせる。
(そんな頻繁にポルターガイスト現象があっちゃそろそろあたしもなれちゃいそうだなぁ…)
コンコン。
部屋に響き渡る、乾いたノックの音。
あわてて部屋の鍵を開けて、お母さんが持ってきてくれた夕ご飯を受け取る。
まるで心配性の玲凪のようにいつまでも繰り返すお母さんをちょっと強制的に押し出して扉を閉めて、鍵をかける。
(おかあさんも、玲凪みたいだなぁ…。あ いや、玲凪がお母さんみたいなのかな…。)
お膳の上、夕飯の隣にちょこんと乗った冷たい麦茶のコップを傾けながらそんなことを考える。
どうでもいい自問自答に、答えは生み出せず代わりに深いため息が出る。
(…ほんとにどうでもいっか!)
赤く火照る頬の熱を感じながら、恥ずかしさを飲み込むように4等分にフォークで分けたハンバーグをそれぞれ一口で口に放り込む。
唐突な斗真の質問にあたしはむせ返る。しかし、斗真は真剣な表情を崩さないままじりじりと距離を詰めてくる。
乱暴に部屋の扉を閉め背を預けると、そのまま力なく座り込んでしまう。
鼓動が速い。首筋を頬も耳も熱い。
(…っくりしたぁ。 あんなの真顔で聞いてくるなんて反則だよ…っっ!!言えるわけないもん。"本人"の前でなんて、、 )
頬の火照りが消えたのを触れて確かめたあと階段をおりて、食べ終えた食器をもって台所へといくとお父さんとお母さんがTVを見ながらちょうど二人で夕飯を食べているところだった。
ほんとは…女の子が食べた後に寝るもんじゃないんだけど…)
そんな他愛ない会話をちょっとだけ交わした後、あたしは部屋につくなりベッドに倒れ込んで眠りについた。
翌日。
1時限目の授業は国語。
そういって、国語の先生から先頭の人に人数分のプリントが回される。あたしも、自分の分を取って同じように後ろへプリントを回す。それで全員に行き渡るはずだったのだが
ふと、あたしの列の一番後ろからそんな声が聞こえた。振り返って様子を見てみると、どうやら一番後ろの生徒のその手前までは行き渡ったようだが、最後の一枚が足らずその子のプリントが手に渡らなかったようだった。
そう言い残して、先生は印刷室へと小走りに教室を出ていく。
その途端、あきらかに一段と騒がしくなる教室。静かなようで小声の響く教室は当然、誰かの会話の一つや二つ聞こうとせずとも聞こえてくる。
先生が教室に戻ってきたことで教室内のうわさはぴたりとやみ、プリントの足りなかったあたしの列の一番後ろの生徒が先生にプリントをもらって席に着く。
そこからようやく授業が始まるが、あたしの耳には何も届きはしていなかった。
(『気味悪い』、かぁ…)
斗真は、そういい放ったクラスメイト達の言葉を聞いてしまっただろうか。
そっと振り返ってみた後ろは、姿だけではなくて、完全に気配も感じることができなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!