第3話

人形の頼みごと
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2017/11/01 17:29
私はまだあるのか、なんて思いながら話を聞くことにした。
どうせ、何か言ったところで彼は話を続けるつもりだったろうしね。
ルアリー
ルアリー
そう、それに関してはわかりやすいように場所を移動させるよ
優夢
優夢
…へ?場所を移動?何を言って-って何っ!?
ちょっ…えっ…まっ………ああぁぁぁぁぁぁぁ!?
ルアリーの手からいきなり現れた如何にも異空間へと続きそうな丸い空間に私は吸い込まれた。
優夢
優夢
………何、ここ……
-吸い込まれた空間の先は水晶、瑠璃の原石が至る所に見られた。自分の立っているところも、それとなくそれらの宝石に似たような色をしていた。
恐らく、この空間はすべて宝石で出来ているのだろう。
そんな宝石の回廊の奥、薄い霧で若干見えにくいのだが、そこには巨大な鏡があった。
ルアリー
ルアリー
…あの鏡の前に行こうか。
話はそれからだよ
いつの間にかルアリーもこちらへ来ていたらしい。
私はルアリーの言葉に頷くと1歩、2歩と足を動かした。
宝石の回廊はとても幻想的で、神秘的だった。
昔絵本で見た景色のよう。
たしか、あの本の名前は-
ルアリー
ルアリー
さ、話をしよう。
ボクはこの回廊に他人を入れたのは初めてだ。
何故ならこの回廊は本来もう存在してはならない場所だからね
っと、本の名前を思い出そうとしている時にどうやら鏡の前に着いたようだ。
ルアリーはこの煌びやかで美しい宝石の回廊について話し始めた。が、初っ端から既にツッコミを入れたくなるようなことを話している。
優夢
優夢
いや、存在してはならないってどういうことなの?
ルアリー
ルアリー
あぁ、ここは君の記憶と、ボクの記憶で唯一合致する場所なんだ。
優夢、君とボクは君がかなり小さい時に実はもう出会ってたりするんだよ。奇跡だと思わないかい?
-まさか。

私はひとつ、心当たりがあった。
それは私がまだ3歳かそこら辺だった時にすごく気に入っていた人形。
それは今よくよく思い返すと、彼-ルアリーの姿そっくりではないか。
ある日を境に忽然と消えてしまった、その時を私は何故か鮮明に覚えていた。
-そういえば。
あの時私、人形になんて名前つけたっけ。
たしか、たしか-
ルアリー
ルアリー
ルアリー、ってあの時呼んでくれたよね、優夢は。
気付いてたのかなーなんて思ったんだけどさ、優夢の態度からしてようやく今思い出したようだねぇ。
あの時の優夢は天使をも超越する可愛さだったよ。
いや、今もだけどね
優夢
優夢
……もしかしてその時から、ルアリーはこの時が来るのを知っていたの?
ルアリー
ルアリー
どうだろうね。
ボクは記憶力は人並み以下とでも言っておいた方がいいだろうね。特に、それがとても興味のないことであれば。
ボクは優夢にはとても興味津々といったところだったから、小さい時の優夢も覚えていたってわけだよ。
さて、話を戻そうか。
ボクが君に頼みたいことはたった一つ。
この『夢見町』、実は最近悪夢を見る人が多いらしいんだ
そんなことどこで知ったのやら、なんて言葉を飲み込み私は首を傾げた。
彼ならきっとこの仕草だけで私の聞きたいことがわかると思ったからだ。
ルアリー
ルアリー
そう、そしてその悪夢の種類は多種多様とまではいかず-
優夢
優夢
いやいかないのね!?
ルアリー
ルアリー
大抵『自分、あるいは自分の大切な人が殺される夢』だ
優夢
優夢
…………っ
私はそれがどれほど恐ろしい夢か、容易に察せた。
私自身そんな夢をまだ見たことは無かったのだが、この間夏夢がそんなことを言っていたのを思い出した。
「もうほんと怖かったんだよ〜!」と朝から大声でわぁわぁ言い出すものだから、あれには驚いた。
優夢
優夢
…んで、それがどうしたのよ
ルアリー
ルアリー
あぁそうそう、優夢にはボクのお手伝いをしてもらうよ
優夢
優夢
…どんな手伝い
ルアリー
ルアリー
簡単だよ。
悪夢と良い夢をすり替える。それだけさ
いやどこが簡単なの、と言わんばかりに耳を掴もうとした。
が、流石に3回も同じ手は喰らわないらしい。
ルアリーは私の手元から軽い身のこなしで避けるとひとつ咳払いをした。
ルアリー
ルアリー
ボクが悪夢を取り除くからその間に優夢は予めボクが魔法で作った良い夢を対象者の脳内に送り込むだけ。
送り込む時は「入れ」と念じれば大体は大丈夫な筈だよ。
まぁ、こんなに曖昧な説明になっているのは、君のことを信じているからと思ってよ
上から目線なルアリーをぎろりと睨みつけ、まぁいいと頷いた。
人から信じているなんて言われても普段は「そんなことないでしょ」と突き放していたけれど-何故かルアリーにはそんなことをする気にはならない。いや、なれないのだ。
理由はわからないが、不思議と私は彼に私の癪に障るような事をしても許してしまえるようだ。
これが彼の魔法によるものなのかはわからないのだが…。
ルアリー
ルアリー
さーて、それじゃあ早速やってみようか
優夢
優夢
え、もうするの?
いきなり過ぎだ、と焦りを隠せない私にルアリーは平然とこんなことを言った。
ルアリー
ルアリー
何言ってんの。今こうして話してる間に悪夢に魘されている人はかなり増えたんだ。
なんたって、今は12時半だからね。
少しでも早く悪夢に魘されている人を減らしたいんだよ。
…まぁ、実践あるのみだよ、優夢。君なら大丈夫。ボクが保証するさ
優夢
優夢
実践あるのみって…どの口が言ってんのよ。
もういい、悪夢だろうがなんだろうがすべて取り除いて救ってやろうじゃない。
ルアリー、1人目を早速連れて来なさい!
もうこうなったらヤケだ、と私はルアリーにそう言った。
ルアリーは数秒で1人目を連れてきた。
私はそれには驚くことは無かったのだが-取り出された悪夢の姿には驚きを隠せなかった。
ルアリー
ルアリー
優夢、これが悪夢だよ。
大体の人はみんなこんな悪夢を、脳内に秘めているんだ。
ささ、早くこの夢を送って
優夢
優夢
………!
う、うん、わかった
ルアリーの手にあるどす黒いモヤみたいなのが悪夢の姿だった。
終焉、という言葉が相応しいであろう見た目のそれによくわからない言葉でルアリーが語りかけるとどす黒いモヤの黒さがだんだん薄まっていくのが見えた。
やがてモヤは真っ白になった。『空っぽ』ということを示しているようだ。
それにルアリーが新しい夢を吹き込むと-モヤはピンク色に変色した。
優夢
優夢
多分、送れたよ!
ルアリー
ルアリー
…本当かい!?
流石ボクの優夢!あんな適当で曖昧な説明に少しキレていても1発でこなしてくれるあたりもう控えめに言って最高だね!
優夢
優夢
…………褒めすぎ、気持ち悪い
『ボクの優夢』ってなんだ。
私はいつからルアリーの所有物に…なんてことを心の中でブツブツ呟きながらついさっきルアリーが作ったピンク色の夢を手に取った。
夢に重さは無いらしく、手に取ったフワフワとした感触はあるものの重さを感じないため不思議な感覚だった。
ルアリー
ルアリー
はい、次はこの人に入れてあげてね
優夢
優夢
ん……ってルアリー運んでる最中に夢を抜いてるの?
すやすやと眠っている人間と、どす黒いモヤを持ったルアリーが戻ってきたため私はそう聞くとルアリーは平然と「うん!そうだよ」と言った。
コイツ、馬鹿なのか天才なのか……いや、馬鹿と天才は紙一重とも言うから、その紙一重、の向こう側の可能性も充分ありえるのか。なんて思いながら夢を送り込む。
夢を無事に送り込まれたのか、眠っていた名前も知らない、ただ同じ町に住んでいる人の寝顔は柔らかな笑顔になった。
ルアリー
ルアリー
んー、初めてなのに上出来すぎるよ優夢〜。
よし、初めてってこともあって今日はこれで終わりにしようか。
明日から徐々に数を増やしていくつもりだよ、お疲れ様
優夢
優夢
…ねぇ
私は気になったことを口にしてみた。
優夢
優夢
これ、がルアリーが私に頼みたかった、こと…?
ルアリー
ルアリー
何を言うのかと思いきや………そうだよ、これがボクが優夢に頼みたかったこと。
というよりかは、優夢にしか頼めなかったことだね
優夢
優夢
なんで…?
わからないの?と言いたげな顔でルアリーは答えた。
ルアリー
ルアリー
簡単だよ。
優夢、君は唯一過去にボクと面識のあった人物だからだよ。
何も知らない小さい頃の君にボクを買い与えた君のお母さん、お父さんはもう居ないんだろう?
となれば残された君だけが、今のこの世界でボクという唯一生き残った賢者と面識のある人物になる訳なんだよ。
だから優夢、君はボクの作ったこの宝石の回廊に転移されてもリアクションが薄かった。
それはきっと小さい頃に読んだ絵本が原因なんだろう?
-本当に、あの時気に入っていたのはルアリーだったんだ…。
そして、ようやく絵本の名前を思い出す。
『夢見町』だけ違う話で描かれているというそれは。
私が童話の中で一番好きだったそれは。
優夢
優夢
『不思議の国のアリス』……
ルアリー
ルアリー
そう、小さい頃の優夢はそればかり読んで、他の本は全く読まなかったね。
ここは正しくその話に出てくる宝石の回廊さ。
まぁここはボクが君の記憶を頼りに作った回廊だけどね…
優夢
優夢
………
ルアリー
ルアリー
優夢、今日からこの回廊での君の名前は『アリス』。
そしてこの回廊は夢を作る-夢工房だ。
もし眠っている人が目覚めて名前を聞かれたら『アリス・ノワール』とでも答えてくれればいい…流石にアリスだけじゃ色々と不味いからね
軽くひと笑いしながらルアリーはそんなことを言っている。
私はルアリーの話にツッコミを入れる気力が残されていなかったため、ただ呆然とその場でルアリーのお喋りを聞くしかなかった。
ルアリー
ルアリー
さて、この回廊で気をつけなきゃならないのが時間だね。
何せここと現実世界-優夢達が普段いる世界との時間の進み具合の差は1時間程ある。
今ここじゃ時計は2時を指しているけれど-現実世界は3時だ。
時の進みを感じさせない、静止画のようなこの回廊は本当に困るんだよ時間配分とかにね。
………そんなことはいい、優夢を現実世界に戻して寝かさないと…
夜更かしは乙女の敵だーなどとほざくルアリーを殴りたくなった。が、拳を作った左手を下げた。
私はこうなる運命だったのだろうか。
よく喋る口達者な元人間、賢者のウサギの魔導人形に出会いパートナーとして生きる。そんな人生なのだろうか。
そうならば、今すぐにでも消えてしまいたい。
でも-不思議と夢を送り込むのは楽しかった、かな…。
なんて思いながら現実世界へと戻された。
ルアリー
ルアリー
お疲れ優夢。
君の夢はボクが抜き取ってあるから安眠できるよ
優夢
優夢
……………
ルアリー
ルアリー
………優夢?
…………ふふっ、本当にお疲れ様、だね。
ベッドに腰掛けた状態で眠ってしまった優夢に優しくルアリーはそう言うと、人形の姿から人間の姿へと変えた。
ルアリー
ルアリー
初めてであんなに上手にしてくれたんだ…きっと精神は肉体疲労の倍以上疲労を受けているだろう……。
…せめて、せめてこの数時間だけでも人間の姿で居たい……。
優夢の、いや『   』の傍に、少しでも長く……
優夢に布団をかぶせた後、ルアリーも久々に魔法を使ったからかすぐに眠ってしまった。
月明かりが彼の美しい金髪を照らしていた。
二人とも、疲れきって熟睡していた。
朝起きられるかなんてどうでもいいと思えるくらいだった。
そのせいで今朝は遅刻するハメになるのだが-それはまた別のお話…。
to be continued

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