昨日、いや昨晩は大変だった-なんて眠い目を擦りながら笈原優夢(おいはら ゆゆ)は『死ね』『ブス』など、暴言を書かれ滅茶苦茶にされた机の上にいつものように荷物を置いた。
その時、ふとスマートフォンの通知が鳴った。
通知の正体はある警報を知らせるメールだった。
しかし、その通知が届いたのは私のスマートフォンだけのようで、いじめっ子達や他の子達のスマートフォンからはLI〇Eやゲームアプリの通知といったものが来ているだけだった。
-この子は。
私はたまたま教室のドアの近くにいた子と目が合った。
するとその子は私の顔を見るや否や私に向かって手招きをした。
-考えられないと思った。
私なんかにそんなことをしたら、周りに目をつけられると、そう言いかけたが何故かそれを言わずに私はその子のところまで歩み寄った。
学校での私は-本当に弱いと思う。
誰に対してもおどおどした態度を取り、心に募った想いをはっきりと伝えられない。言葉を出そうとする度に、何かが喉につっかえて息までできなくなってしまう。
しかし、そんなおどおどした私に苛立ちを見せることなくその子は頷き話を続けた。
その子が見せてくれたスマートフォンの画面にはたしかに『悪夢注意報』の文字があった。
そういえばこの子は、昨晩私が夢をすり替えた子だ。
そう言うと、私達は普段誰も来ない旧校舎へと続く渡り廊下へ移動した。
中等科2年の教室がある校舎からはまだ近い。
ここでなら、15分は話せるだろう。
もし時間を過ぎたとしても口実を作ればいい。
ルアリーのことを言ってしまえば、いくら他クラスの子でも流石にアウトだろう。
そう思った私はルアリーのことを言うことなく、かつ円滑に話を進められるようにまずは『自分は夢をすり替えることが出来る』ということから話し始めた。
どうやらこの子は私に敵意は持っていないらしい。
まぁ当然だろう。
何せこの子とこの現実世界で出会ったのはこれが初めてなのだから。
あの異空間-夢工房で見た時この子は眠っていたのだから、会ったとは言えないだろう。
-どうして、だったかな。
くすっ、と笑ってみせる。
正直、自分自身なぜ虐められ始めたのか-虐められて数ヶ月経つ今でも未だにわかっていないのが現状だ。
私には、何か悪いことをした覚えがないからだ。
だから、いきなり始まった時は本当に驚いた。
皆が皆、1日で人柄をころりと変えたあの時。
私は反応に困った。心の底から困ることなんてあるんだ、なんて感心した気持ちもあったのだが。
私が申し訳なさそうに言うと、全然大丈夫だよ、と少し優しい笑顔になって許してくれた。
キーンコーンカーンコーン………
そう言うと、その子-あなたはぱたぱたと私の居る1~5組側の廊下ではなく、6~10組のある方の廊下へとかけていった。
あぁ、道理で普段見ない子だ、とその時思った。
私はあなたのように急ぐこともなくのんびりと廊下を歩いていた。
不思議とあなたと話した後の私は言葉がいつものようにつっかえることなく、ルアリーと会話するようにすらすらと言葉が流れていった。
クラスの皆の視線を浴びながら、私は先生の言葉を聞くことなく自分の席についた。
私はその時やっとクラスメイトの、親友のことを再認識した。
うつ病と診断されてから世界が灰色に見えていた。
それがたった今-少しずつではあるが、明るみを、鮮やかさを、本来あるべき世界の姿を私の目に写してくれた。
-なんだろう、この息の詰まる感覚は。
いつものおどおどした、怖がりで尻尾を巻いた私の感じる息の詰まりではない、不思議な息の詰まり方。
だが-それは不快感を感じさせなかった。
怒り、苛立ちを露わにしたいじめっ子リーダーが私と、夏夢を睨みつける。
-どういうこと?
私は目で訴えた。
夏夢はそれを感じ取ると、話を続けた。
きっぱりと、そして澄んだ声で夏夢は堂々と言い張った。
この言葉は-恐らくクラスの殆どの人の心にぐっさりと刺さったことだろう。
特に-いじめっ子達には。
そう言って、少しずつ涙を流しながら笑顔になる優夢を前に-夏夢は「馬鹿!」と一喝した。
それには流石に優夢も、周りにいた人も驚いた。
数学担当の教師も、これには何も言わなかった。
言えなかったという方が正しそうな表情をしていたが…。
自分が涙を流していたことにやっと気づいた優夢は手で涙を拭った。
ただ-なぜ自分が今泣いていたのかを問うその声は、抑揚、感情のない機械のような声だった。
優夢は気付いた。
何故自分は虐められ始めたのかを。今までずっと熟考しても分からなかったそれを。
優夢はやっと見つけたのだ。
-私は、感情の起伏が薄すぎるから。
だから、無関心だと思われて-今思えばなんとしょうもない。
私は軽く首を横に振ると、もう下を向かない、と固く決意してから言った。
優夢の本音を前に、教室は静まり返った。
馬鹿にされていたなんて、と思う余地もなかったほどに。
怒りを覚える余裕も、自分がどう動けばいいのかわからないということもあってだろう-誰一人として口を開くことは無かった。
-たった一人を除いて。
しかし-夏夢のその一言にも周りは反応しない。
夏夢に問い詰められたいじめっ子達のリーダーは暫く黙ったままだった。
が、遂に口を開いた。
優夢は優しい声でそう言うと、リーダーはどこか怯えたような目で優夢を見た。
今まで自分達があの手この手で虐めてきた子。
それが今、目の前に優しい表情で-だが本当の強さを持って立っている。
-やめてくれ、と心の内が叫ぶ。
夏夢はふたりの様子を黙って見ていた。
自分が口出しする必要は無いと、そう悟って。
キーンコーンカーンコーン………
そんなことをしている内に、1限終了のチャイムが鳴った。
しかし、その場にいた数学担当の教師は何も言わなかった。
多分-今みたいな返事が嫌だったのだろう。
しかしそれは簡単には治らない癖。
私も、周りも、努力すべきことは色々ある。
私は昼休み何を聞かれるのか考えながらその後普通に授業を受けた。
昼休みになり-私はリーダーの子に今朝あなたと話したあの廊下にいた。
-ルアリーは優夢の心の異常にいち早く気づいていた。
あの子はうつ病だから壊れたんじゃない。
元から壊れていたんだと。
悲しみ、喜びだけ感じにくいなんて-人間として欠陥に値する。
to be continued
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。