第6話

人形の回想・序
157
2017/11/15 10:00
-午前4時

やった。テスト期間だからなるべくこの時間帯には起きておきたかった。
私は起きる気配のないルアリーを一応起こさないようそっとベッドから出るとまず室内の寒さで目を覚ました。
トイレに行き、取り敢えずなにか温かいものを口に入れよう、とキャラメルマキアート………なんて優雅なものではなく赤出汁をマグカップに注いだ。
優夢
優夢
……………あぁ〜やっぱこの味だわ身に染みるわ〜…
12月ももうすぐといったこの時期、1週間後には期末テストがある。
私は特にこれといって苦手な教科はないのだが、出来るだけいい点数を取れるようにテスト勉強はきちんとする。
とはいえ今回は社会の範囲が馬鹿みたいに広い筈だ。
やるなら社会を徹底するべきだろう。
自室に赤出汁の香りと共に戻ると早速ワークやらノートやらを取り出し、机に向かった。
………だが-やはり寒い。
仕方なく例年より早くに暖房をつけることにした。
優夢
優夢
………………やべぇ、わかんねぇ。ド忘れした……。
大体なんで1年の範囲も…北条泰時が制定した武士政治のしくみ……漢字五字って言われてもわかんない…………
私はルアリーを起こさない程度の声で独り言を延々と続けながらワークの問題に取り掛かった。

-午前6時

2時間が経過し状況は進展、2年の範囲は問題なし。
強いて言うなら人物の関係性やら新しく制定された決まりの仕組みで何がどう変わったのかを完璧に理解することが必要だろう。
まぁ、どの道テストで90点代を出せたらいいや程度にしか思えない私はそこまで極めようとは思えなかった。
やがて7時近くになると、勉強をやめて朝食の準備に取り掛かった。
この寒い時期の私の朝食は決まって食パンとポタージュ。
食パンにはバターを塗って、少量の蜂蜜と砂糖をかけてシャリシャリとした食感にさせる。
ルアリーの分も作り終えるとルアリーを起こし一緒に食べる。
誰かと食べる朝食も悪くない-そんな事を思いながら黙々と食べ続けた。
優夢
優夢
じゃあお留守番宜しくね、ルアリー
ルアリー
ルアリー
うん、気をつけてね優夢
そして学校に遅刻しないよう少し早めに家を出る。
私が学校にいるあいだルアリーが何をしているのかは知らないが、ルアリーのことだから大丈夫だろうという謎の確信を持って、そのことは気にしないでいた。
あなた

あ、おはよう優夢ちゃん

優夢
優夢
…………!?
お、おはよう…あなた
学校に着くや否やいきなりあなたが声をかけてきた。
あまりにもいきなり過ぎたため驚きを隠せなかった。
あなた

??
どうしたの?ねぇ、途中まで一緒に行こうよ〜

優夢
優夢
……べ、別にいいけど…
なんなんだこいつは、と言いたいところをなんとか堪えて教室についた。
教室入るや否や-私に飛んできたのは相変わらず敵意むき出しのいやらしい目線。
最初は、今すぐにでも帰りたい-そう思えるぐらい弱かったけれども、慣れとは恐ろしいものだ。今じゃどうも思わない。それが日常の始まりだ-そう、そう感じられる。
私がおかしくなったのか、それとも本当にそれが日常化してしまったのか-あるいはその両方か。少なくとも、私がおかしくなったのは間違いないのだろう。しかし、それを気にする必要は無いと思う。
夏夢
夏夢
あ、優夢おはよ
優夢
優夢
あ、夏夢
ただひとり-たったひとりだけ、私に対して敵意のない目を向けてくれる人は私の近くにいた。彼女は夏夢、私の大切な、大切な親友。灰色だった世界の中で唯一、薄らと色彩を放っていた者。傷だらけの私の手を、唯一見捨てず握ってくれた人。そして-そんな人を私は忘れていた。
夏夢
夏夢
………なんか最近眠そうだね、朝。
前まではそんなことなかったのにね
夏夢は-彼女は幼い頃から仲がいい。
その事もあってか、私の些細な変化にも気づく。今みたいに、ね。
優夢
優夢
あぁ、うん………最近夜、中々寝付けなくって
私はそれっぽい理由を適当に述べ、その場を凌ごうとしたが-
夏夢
夏夢
あぁ、あたしも最近悪夢をよく見るの。
でも、見ないときもあるんだよー。
何でだろ?ほかの子は毎晩見てる子も居るのにね
優夢
優夢
見ない時、も……?
彼女は確かにそう言った。
見る時もあるが、見ない時もある。
夏夢はたしかまだ夢をすり替えていなかった筈。
それなのに、彼女は何故他人が毎晩見るような悪夢を見ない晩もあるのか?
私以外にそんな人間がいるとしたら-明晰夢を常日頃見る人ぐらいだろうか。これは夢だと瞬時に理解し、怖気付くこともない。そんなことはあるのだろうか。何せ明晰夢についてはそういった名称と、浅ましい知識しかないためよくわからない。
夏夢
夏夢
うん、優夢は何か知らない?
成程、夏夢の耳にまではまだ私のことは届いていないということか。いや、あなたは私のことを誰にも言いふらしていないのか?よくよく耳を澄ますといつもの陰口は本当にいつも通りだし、廊下から聞こえてくる噂話にも私の事は一切言われていない。
あなたは-柚音にしか言っていない?
優夢
優夢
…………あ、あぁ、ごめん私にはわからないや…夢とか、詳しくないんだよ…
少し間を置いて、私がそう答えると夏夢は疑うことなくそうかー、と少ししょんぼりとした表情で頷いた。ごめんね、本当は知ってるよなんて言いかけた善良な心を押し殺して、先週から図書室で借りている推理小説の続きを読み始めた。
ルアリー
ルアリー
……優夢の部屋は綺麗だよなぁ…。ボクの部屋とは大違い…
その頃ルアリーことかつて【叡智の賢者】の称号があった大賢者ルアリエは今の自分の持ち主-【マスター】の部屋で寛いでいた。寛いでばかりいる訳では無い。朝忙しい優夢の代わりに掃除をしたりして、時間を潰している。優夢の心配はあまりにも不要、むしろそんな心配をするなんて杞憂だと言えるほどであった。
ルアリー
ルアリー
……ん?
【テスト対策ノート】?
…面白そうだし見てみるか
ルアリーはふと机の上に無造作に置かれていたテスト対策ノートを手に取ると適当なページを開いた。
ルアリー
ルアリー
…字綺麗だな、あいつ。
社会…歴史か。ボクの時代は………丁度このぐらいなんだろうなぁ。学校じゃ学べない歴史もボクなら-
教えてやれないこともない。
けれど-それを教えて彼女はどんな反応をするだろう?
まさかボクの大好きだった人-【生命の賢者】の生まれ変わりが君なんだと彼女に言えば、彼女は記憶を思い出すか?-否。恐らく『思い出せない』。そう、思い出さない訳じゃないのは目に見えている。
ボクは-彼女の、【ユーリア】の、あの暖かい向日葵のような眩しい笑顔が好きだった。それがどうだ。彼女-優夢は、その笑顔を見事に引き出せている。
君は覚えていないだろう-ボクと君の別れ方を。
君は生命魔法の理論を確立させたことに大いに喜んで、誰よりも早くボクにその事を教えてくれたよね。
………それで、君は言ったよね。
「これであたしは…人の年齢を、寿命を超越して生きることが出来るの。……ねぇ、とんでもなく変なジョークを言ってもいいかな?」
それでボクがなんだと聞いたら君は笑顔で-
「あたしよりも早く死なないでね」って、確かにそう言ったんだ。
ボクは当たり前だろって言ったんだ。内心それが無理だということは重々承知していた。だが-その【無理】は【可能】に変わり現実になった。
-新たな理論の確立を求めた君はある実験をした。その時に-不慮の事故、といえばそれまでなのだろう。しかしボクは820年程経った今でもそれを覚えているし、許せない。
なんで、なんで君が死ななければならなかったのか。
なんで君でなければ駄目だったのか。
どうせなら、どうせなら他の奴らが死ねばよかったのに-……
-そうだ。
どうせなら彼女が、ユーリアが生きられなかった時間を生きよう。
ユーリアが見られなくなってしまった世界をボクが代わりに見よう。
死んだ時に、ユーリアにどうだった?って聞かれてもいいようにさ。
それならいいだろう?ボクの、最後の最後の我儘さ。
ボクは出鱈目な魔法理論をでっち上げ-証明として自分を実験台にした。
それが成功することは目に見えていたからだ。
そして今-ボクは奇跡ながら生きている。
出鱈目な魔法理論には目的を果たすために彼女の生命魔法理論を組み入れた。実験は大成功、800年以上生きてきた感想は『想像以上にくだらない』。
君がこんな想いをするならボクがこんな想いをして正解だったのかもしれない。幾度となく見てきた戦争に、飽き飽きしながらも生き延びるために人形の体ながらも逃げた。泥の上に這いつくばりながら流れ弾を避けた夜を。燦々と晴れた夏の日に落とされた爆弾のせいで放射性物質が大気中に舞い、それに苦しめられた人々の姿を。家族を失い途方に暮れた人々の姿を。ボクはつい昨日の出来事であった、と言えるような勢いで思い出せる。
灰燼の舞う空気はあまりにも汚く、惨めで。
自分の欲望故に罪のない人々を殺す独裁者は、あまりにも酷くて。
瀕死の兵士を何の慈悲もなく殺す兵士の表情は、とても辛そうで、悲しげで、それでいて優勢であるという余裕を瞳の奥に見せつけて。
それでもそれに耐え抜き生き続けた世界は-たとえ表面がどうなろうとも、美しかった。
ねぇ-もし君が優夢の中にいるのなら教えてよ。
【君はどうしてこんな世界を見たがっていたの?】ってさ………。
to be continued

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