たしかに呪縛-結界は解放された。
しかし、厳密には解放ではなく、術者にその呪縛をかけるということだった。
今頃優夢はとてつもない悪夢に苛まれているのだろう。
少し唸る優夢の冷たい手をユーリアはそっと握る。
-、
-ここ、は
-どうして…
-たす、け…て
優夢は魔物の巣窟に居た。勿論夢の中の、だが-それが夢の中だということに優夢は気付かない。いや、気付けない。
あの大魔法を放った瞬間こんなバケモノの巣に飛ばされた。それが優夢の記憶だった。
裸足でごつごつした道を歩く。肌が擦り切れて痛い。赤く滲む足を見て、涙が出そうになる。
魔物の鋭い眼光を浴び。
尖った岩だらけの道を裸足で歩き。
ここがどこなのかも分からず-これがただのおぞましい悪夢であることに気付けない。
そんな優夢は-『みんな』を探して涙で潤んだ瞳を必死に凝らす。
だが-返ってくるのは冷たく、肌を切り裂くように鋭い風の音。
-違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
優しくて、私を必要としてくれる声。
私を死から遠ざけてくれた声。
私を支えてくれた声。
私にそばにいると伝えてくれる声。
救いの手を差し伸べられる慈悲のある声。
勇気ある声。
だがこれは悪夢でも、呪縛だ。呪いなのだ。
そう簡単には覚めない。
悪夢は、呪いは更に優夢を恐怖の淵へ追いやる。
優夢がふと前を見た時、巨大な蛇がこちらを睨んでいた。
-死んじゃう
逃げ、ないと。
でも-
人間万事塞翁が馬とはこのことなのだろうか-そっと目を閉じ、覚悟した。
だが、蛇はこちらへ這い寄ることもなくただじっと一点-優夢を見ている。
【…少女よ】
声にならない声で蛇は優夢の脳内へ語りかける。
【これは呪いが生みし悪夢だ】
【覚めることは出来ぬ】
絶望的な解答に、優夢は瞳から光を失った。
ああ、人事を尽くしたのだ、天命だと思うべきその心の余裕すらない。
【…少女よ、汝はひとりではない】
【何時には帰るべき場所があり汝の帰りを待つ人が居り汝を守りぬく決意を持つ者が居り汝の力になる-【仲間】が居る】
【汝は光。こんな闇の底に来てはならぬ】
蛇はなおも語る。
【汝は何としてでもこの夢から抜け出すべき者。汝なら必ず抜け出せる。帰るべき場所、帰りを待つ者が居るのなら-あとは汝の意志だけだ】
私、私は-
-
…【ありがとう】
一瞬だけ、蛇の声がどこかで聞いたことのあるような声に聞こえた。
とても懐かしく思う、その声の正体はわからなかった。
泣き喜ぶ3人に呆気に取られる優夢は、自分がしていたことを思い出そうとする。
だが、何故か思い出せない。
笑いながらそう、デコピンをするルアリエに。だが-一切記憶にないことを言われたとて、優夢はきょとんと、とぼけるような素振りしか出来ない。
ぽふん、と白いカスカスの煙。
ぽふん、ぽふんと白い煙が出続ける。だが-
白い煙しか出ないと思っていたら小さな白い蛇が現れた。
赤目の白い蛇は優夢を見るとすぐに優夢に擦り寄った。懐いている、と優夢は思った。
夢の世界の中で、優夢と夏夢は顔を合わせた。
くすくす笑いながら夏夢は言った。
優夢はもう、と少し怒った。だが、不思議と嬉しかった。
みんなの顔を見るだけで安心して。
声を聞くだけてもっと安心して。
表情ひとつで喜べた。
夢の世界の天井、宝石だらけの空に優夢は小さく呟いた。
-数年後
英雄は家庭を築いていた。
誰にも語らないと決めた英雄の話は生命の賢者によって執筆され、とうとう来年出版されるらしい。
初夏の青空を見上げながら、ルアリエ-大賢者はそう呟いた。
それに対し元人間笈原優夢今年8月で29歳になる英雄は-軽く微笑んだ。
14歳のとき。
ルアリエと再会していなかったらあの今は遠く離れたところにある夢見町は救えなかっただろうし、私が魔法を使えることもなかった。ましてや、今のこの生活もありえなかったかもしれない。
そう思うと、本当にあの小さな出会いが大切だったと思わされる。
扇風機の弱々しい風を浴びながらのびをする。優夢はあの頃と同じように夫となったルアリエの大好物であるガトーショコラを作ろうと思うと、不思議と笑みがこぼれた。
終 わ り
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。