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第1話

これから見据える未来へ
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2017/10/31 10:06
午前の雨が嘘かのようにすっかりと晴れわたった午後、渡り廊下で頭を悩ませている稜月灯に
出会った。珍しくぼーっとしている稜月灯の背後を取って目を隠す。
「素敵な紳士殿。貴校に訪ねたいことがある」
「…はぁ。一体なんでしょう。悪戯なお嬢さん」
「あら、子供扱いは良くないわね。でも、まぁいいわ」
「それは失礼」
「この手は誰の手かフルネームで答えて頂戴」
本当は理解っているくせにあえて分からないふりをするのを憎ましく思いながら「残念」と手を
離すと案の定手首を握られ一回転させた後に壁に優しく背中を当てられる。かんたんに言えば、
立場交代からの壁ドンだ。時々、どこで覚えるんだか不思議になる。
「聖上真冬。そうだよね?」
「…わかってるじゃない」
「真冬のことは大体わかるよ」
「相変わらずだね、稜月灯は」
「まぁね」
と言って稜月灯は、私の頭をくしゃくしゃとなでた。いつもならやられて終わりだが流石に今は
慰めを必要とするのは稜月灯だと思って撫で返す。いつもはない事に驚きを隠せないかのように
稜月灯は目を丸くして棒立ちしていた。
「あ~、真冬?」
「んー?」
「珍しいね。なんかやり返すの」
「そうだね」
「気に触ったなら謝るよ」
焦ったような顔をして少し困りながら戸惑う稜月灯はなんだか小動物に似ていた。
「ふぅん。何が気に触ってるのかわかってるの?」
「撫でられていること」
私は手のひらを縦に変えて再び頭に落とした。
「でっ。いたっ…」
「当然の罪」
ふふん、と鼻を鳴らす。本当に珍しいのはそちらだと言いたくなるほど今の稜月灯は、ヘタレた顔
をしている。サラサラと流している髪が崩れていたり、私の手を止めないどころか気づかないとこ
まで。今日の稜月灯は、とことんおかしい。
「そうじゃなくて、何かかえてるんでしょ。」
未だに頭を気にする稜月灯を無視して手すりに肘たてをする。
「…わかる?」
と、稜月灯。
「幼馴染の腐れ縁って、いや、親友だからわかる」
「そっか、ごめん。気づかせちゃって」
稜月灯も、手すりに腕を置く。その顔は、丁寧に切られた髪に隠されて見えなかった。でも、まぁ
その顔はきっと苦笑いなんだと思う。稜月灯は、優しいからきっと気づかせたことに申し訳無さを
感じているんだろう。私は馬鹿だななんて思っていた。私には、頼れとか叱りつけるつくせに自分
には無関心なんだから。だから、元気を出してあげよう。
「あっ、稜月灯。この前ふいに見ちゃったんだけどね。」
「え、あ、うん。」
「梛都が最近、稜月灯がイケメンすぎて困ってるから稜月灯がめちゃくちゃ嫌いなゴスロリドレス
を今日の夕方五時にオーダーするよ」
「は?!なにそれ!?嘘、嘘だよね!?」
「私は嘘なんてつかないよー(棒)」
「はぁ!?ちょっ、真冬」
「あ、あと八分で五時だ〜。会議行かないと〜」
「え!?ちょっ、もぅー!!真冬!会議終わったらすぐ会いに来て!……あぁ、もしもし梛都!?」
騒がしいなと心で笑いながら会議へ向かう。結局稜月灯本人の口からは聞けなかったけどああやって
悩んでいる事がどうでも良くなってしまうぐらいに忙しくなれるのは作戦通りだ。と、右目に唐突な
痛みが走る。会議前なのにと意識を集中させて見れば浮かび上がったのは悩んでいる稜月灯だった。
私はそれだけの映像に笑ってしまう。何だ、こんなくだらないことで悩んでいたのか。私の百目は心
理を読むのとは違う。だけど時間の中で起こったことやこれから起こる未来を見据えることはできる。
私は、胸の高鳴りに少しウキウキしながら会議室へ入った。









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