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第1話

予選 1
323
2017/11/01 13:42
「ん…」

目が覚めると、薄暗い闇の中にいた。

「え…ここどこ…」

ムクリと体を起こすとまだ寝ぼけた頭で必死に考えた。

しかし、それでも何も浮かばない。ただ静かに時間が過ぎるだけだ。

「何で…?私、何かしたっけ…?」

闇の中で一人きり、しかもそれまでの記憶もない。
私は膝を抱えて蹲った。

「もうヤダ…家に、帰りたい…」

そう、呟いた時だった。

「ぅ、ん…?莉央…?」

小さい声が聞こえてきた。
この声は、私の彼氏の春輝だ。

「春輝?春輝なのっ?!」

必死に声の主を探そうとして慌てて立ち上がると、何かに躓いて転んでしまった。

「痛っ」

暗いし突然だったので何もできずに倒れてしまい、少し足を捻ってしまった。

「ちょっ、莉央?大丈夫?!」

「う、うん…大丈夫だよ。少し転んじゃっただけだから」

ほんとは痛かったけど、嘘をついてしまった。

「よかった…ちょっと待ってろ、今そっち行くから」

安心したような春輝の声。後ろから足音が聞こえて、気がつくと手を握られていた。

「あんま慌てんなよ、暗いしどこに何がいるか分かんないんだから」

「うん…っ。でも、春輝がいてくれて本当によかった…!」

そう言って春輝に抱きつく。

これは本当だ。春輝がいてくれなかったら、今もまだ一人で蹲っていたはずだ。

「ああ…。なぁ莉央、もしかして香水変えた?」

「え?うん、まぁ…」

急にどうしたのか。確かに香水は変えたけど、何か関係があるのだろうか。

さり気なく体も離されてしまい、不安になった私は唯一繋いでいる手をぎゅっと握りしめた。

「ねぇ、春輝はどうしてここにいたの?私、何も覚えてなくて…」

「俺も莉央と同じだよ。気がついたらここにいたんだ」

「そっか…」

そのまま、話すこともなく気まずい沈黙が流れる。

私は繋いでいない方の手でつい先程捻ってしまった足首に触れた。

そこでふと、思った。
私、一体何に躓いたの?

転んだ方を振り返る。ずっと暗い中にいたから少しずつ目が慣れてきたのか、うっすらと〝何か〟が見えた。

少しして、それがハッキリ見えてくると、私は目を見張った。

「ひいっ…」

そこには人がいた。長い黒髪を床に広げて先程の私達と同じように倒れている。

血塗れで、その艶やかな長い黒髪から辛うじて女だということが分かった。

ただ一つ違うのは、その人が大量に血を流していたことだ。

「どうしたんだよ、莉央?」

覗き込んできた春輝に言葉を返すこともできず、無言でそれを指さす。

春輝が息を呑むのが分かった。
私の体は既に激しく震えていて、縋る想いで春輝の服を握る。

「…逃げよう、莉央。ここは危険だ」

「で、も。だって……ひ、人が、死ん…で…」

「それでも今は逃げないと、もしかしたら俺らだってこうなるかもしれない」

春輝が静かに言う。それが正論で、そうしなきゃいけないのは私も分かっていた。

でも、私には春輝のその冷静さが理解できなかったのだ。

「この状況で、どうしてそんなことが言えるのっ?!だって、人が、死んでるのに…何でそんなに冷静でいられるの?!」

「……」

春輝は何も言わない。私は見捨てられることすら覚悟していた。

「…そりゃ、俺だって怖いよ。でも怖がっててもどうにもならないじゃないか。本当は今すぐ叫んで逃げ出したいよ」

「…少し、頭冷えた。ごめんね…そりゃあ春輝だって怖いよね。急にこんな…こんなの…」

もう一度、先程見つけた女を見る。
おびただしい量の血をみるに、もう生きているとは到底思えなかった。

「…行こう」

春輝はそっと私の顔を自分の方に向けて、脇を掴んで立たせた。

「歩ける?」

「ちょっと足痛い…」

すると春輝は、少し間を置いて「肩貸すよ」と言ってくれた。

ああ、こんな時でも春輝は優しい。

私達はそのまま、とにかく明かりのある方へと歩き続けた。

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