「……」
沢山の影が揺れる、雨音が煩く響く廊下で。
私は一人、窓の外を眺めていた。
正確に言えば、眺めているのは窓の外に見える小さな明かりなんだけど。
と、一階の方になすかに明かりが見えた。私の方を確認すると窓際に寄ってきて、明かりが動く。
円形に動かされるそれと同じように手に持った蝋燭を揺らすと、それは奥に消えていった。
あれは…春輝だ。
私が頼んだのだ。春輝だけで行ってほしい、私はここからあの明かりを見張っているから、と。
「…はぁ」
春輝は快く引き受けてくれた。それどころか、さっきも言っただろって、笑って頭を撫でてくれて。
でも…どうしてだろう。自分で決めたことなのに、
「…ほんとにこれでよかったのかな……」
考えてしまってから、はっとする。
だめだよ、春輝だって覚悟を決めてるのに。
それにどうせ行っても足でまといになるだけなんだから。私は私に出来ることをしなきゃ。
そう自分に言い聞かせるも、絶えず高鳴り続ける心臓を落ち着けようと呟いてみた。
「…絶対に、死なないで」
___いつの間にか、激しく降っていた雨は止んでいた。
「……あ」
突然、激しい寒気を感じてはっとする。慌てて周りを見るも、特に何もなかった。
どうやら、少しぼうっとしてしまっていたようだ。
色々なことが立て続けに起こったからなぁ…
そういえば、ここにきてから何時間たったんだろう。何も食べていないせいでお腹がすいてきた。
それにとっても寒い。ああ、早く家に帰りたい…
そんなことをひたすら考えながら、雨の渇いた窓ごしに別館を見つめていると、向こうの明かりが揺らめいた。
それも、これまでにないほどに大きく。
「!!」
慌てて窓に張りついて向こうを見る。暗い闇のなか、ぼんやりと窓に近づいた少女が写った。
遠目でよく分からなかったけれど、少女が僅かに目を見開いたように見えた。と、ほぼ同時に。
手に持っていた蝋燭が、取り落とされた。
「えっ?!」
あまりの出来事に驚き、声を上げる。たちまち炎は広がり、廊下はすでに火の海だった。
「春輝……春輝っ!!」
たまらなくなって、叫びながら階段を駆け下りる。
何度も何度もバランスを崩し、転びながら外に飛び出した。
大丈夫……きっと、春輝は生きてる。
だって約束したじゃない。
絶対死なないって、約束したじゃない。
呪文のように心の中で何度も唱えながら、無我夢中で走り続けた。
ようやく辿り着いたときには、既に炎は別館全体にまで広がっていた。息が詰まる。
それでも納得できなくてふらふらと歩み寄る。何とか窓を割って中に入ろうと手を伸ばすと、指に強烈な痛みと熱が伝わってくる。
「ひあっ…!」
無意識に叫ぼうと息を吸ったところで、煙にむせて激しく咳き込む。涙まで出てきた。
よろよろと数歩後ずさると、力が抜けてその場に崩れ落ちた。酷い煙に目の前が霞む。でもそんなことはどうでもよかった。
「うっ…うああああああああああ!!!」
私は地べたに座り込んだまま、大声をあげて泣いた。
その時になって、私はようやく理解した。
桜田春輝は死んだのだと。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。