第3話

幸せ
88
2017/11/02 10:30
梅雨も過ぎ、ようやく夏本番になってきた頃のある日。
私は先生に頼まれた荷物を両手いっぱいに持ちながら、長い長い廊下を歩いていた。
「あなたちゃん!」
「ん?」
後ろから声が聴こえる。
だが私は荷物を持っていたため、振り返ることができなかった。
気のせいか、そう思って再び歩き始めた私の背中に、鈍い衝撃が走った。
なんとか持ちこたえた私は、怒りを込めながら事の犯人_ルリに向けて「…痛いんだけど」と一言放つ。
「ごめん!荷物持ってるとは思ってなくて…!」
「荷物持ってなくても突撃するのはどうかと思う」
「うっ…」
ショボンとしながらさりげなく私の荷物を半分持ってくれるルリに、「いいよ、別にそこまで怒ってないし」と声を掛ける。
「よかった~あなたちゃん怒らせると怖いから!」
「じゃあ、怒らせるようなことしなきゃいいのに」
「すみません…」
反省していながらもどこか嬉しそうなルリの姿に、どことなく違和感を感じた。
「ところで、なにか急ぎの用事でもあったの?」
「あ!そうだった!えっと、えっとね?!」
途端にテンションが上がり始めたルリをなだめながら、私は話を聞く。
「えっと、その、実は…」
「実は?」
キョロキョロと辺りを見回しながら、そうっと両手を私の耳に近づける。
「あのね、私、好きな人いるでしょ?」
「うん、そうだね」
「実は、この前告白したんだ」
「えええええええ!?なにそれ聞いてないよ!?」
周りの視線が痛いが気にしない。
しーっと必死に人差し指を口に当てながら、「あなたちゃんが風邪で休んでる時だったから、言いにくくて…」と話す。
「それで、返事は!?」
「…それを、さっき聞いてきたの」
身を乗り出しながら話に聞き入る私には、ルリの一つ一つの動作がとてもゆっくりで、もどかしく感じた。
ルリは1つ息を吐くと、満天の笑みでこう言った。
「こちらこそよろしくお願いします、だって! ってあれ?あなたちゃん?どうしたの?」
ルリの言葉を聞いたとたん、私の両目からは大粒の涙が溢れていた。
私は力一杯ルリの体を抱き締めた。
「よかったねえぇぇ!ルリいぃ!」
「うん、ありがとねぇ」
私の頭を撫でながら、ルリは抱き締め返してくれた。
知らなかった。
他人のことにはあまり関心がない私でも、ルリのことになるとまるで自分の事のように泣いたり笑ったりすることができたんだ。
そのときの私たちは、幸せに満ち溢れていた。

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