「やばい、間に合わない!」
バイト先に向かって走りながら、私は携帯を取り出した。
あと3分だ。急がなきゃ。
と思って前を向くと、
ドンッ
「きゃっ」
『おっと、ごめんね!大丈夫?』
反対側から走ってきた男の人とぶつかってしまった。バランスを崩して転びそうになった私を男の人がとっさに腰に手を回して支えてくれた。
ち、近い…////
「あ、ありがとうございま…っ…いった」
顔が近くて離れようとすると、私の髪の毛が男の人の服に絡まってしまっていた。
『あー、まじか。ごめん、ちょっとまってね』
男の人はそれに気が付き、慌てて絡まった髪の毛をほどこうとした。
よく見ると男の人はオシャレな服にキャップを深く被り、大きなマスクをしていた。
『ごめん、痛いよね。もうちょい待って』
……あれ、この声ってもしかして…
【ねぇ、そっちいたー?】
女の子の大きな声が聞こえた。
男の人はその声にビクッと反応した。
『ちょっとこっち来て』
そう言って私を路地裏に引っ張っていった。
それと同時にさっきの声の女の子が私たちを通り過ぎていった。
『ふぅ〜、助かったぁ!』
男の人はほっと安心した様子だった。
でもこの人気づいてるのかな。
髪の毛がまだほどけてないから、路地裏に引っ張った時のまま私を抱きしめてることに。
……もうそろそろ限界…////
「あ、あの…////」
『え?あ、ごめん!』
男の人が私を勢いよく離した。
その反動で絡まっていた髪の毛もするっとほどけた。
あ、やっと顔をしっかり見れた。
『迷惑かけてほんとごめんね!』
やっぱりこの声って…。
男の人がマスクとキャップをとった。
やっと見れたその顔はやっぱり、私の大好きな人だった。
「か、なたくん…」
『俺のこと知ってたんだ』
急に私の前に現れて、そう言ってイタズラっぽく笑う君は、罪な人。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!