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第1話

向こう側。
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2017/11/03 12:56




ガタンゴトンと揺れる電車。

変わりゆく窓の外の景色と、暗くなりかけの空に浮かぶ白い雲を、どんどん追い越していく。

最寄り駅まであと5分。


最後まで受けた講義は、半分が先生の話だった。

おじいちゃん先生の授業は他のことをしている人が多い。

別の本を開いていたり、スマホをいじっていたり。

みんな単位と出席数を稼ぐため、仕方ない。


後ろの席からは全て丸見えだ。

これも一種の人間観察だから、とても面白い。



“次は〜、△△〜…△△〜…”



最寄り駅を知らせるアナウンスが響く。

わずか10分間の、電車に揺られながら今日の出来事を振り返る時間が今日も終わった。


電車を降りれば、スーツ姿のサラリーマンや制服を着た高校生が目に入る。

一方通行で人が流れて、人混みをあまり好まない私からすれば少し苦手だ。

するすると改札に引き込まれては右へ左へと進んで行ってしまう。


ICカードをかざして改札を通る。

西口を出て右に行けば、ちょうど信号が赤くなった。


入学から一年、この道にももう慣れた。


昨年の春。

大学入学と同時にこの街に一人、越してきた。

炊事、洗濯、掃除、、

家事に追われる主婦の気持ちがよく分かった。

それと比べると、今では家事と学業の両立も上手く出来るようになった。


マンションの下にあるコンビニでアイスを買って、3階までの階段をのぼった。

アイスを食べる分、ダイエットを兼ねて少しだけの運動を。


自分の部屋に着いて鍵を取りだしていると、人がいないはずの隣の部屋から音がした。


ガタガタ、ドスン


何か重い物を動かす音。

誰か越してきたのだろうか。


部屋に入ってアイスを冷凍庫に入れる。

洗濯物を取りこんで、夕食に頭を悩ませる。

そんな日常は、いつもと変わらない。


ピンポーン


軽いチャイムが来客を知らせる。

インターホンを見ると、見知った顔。

緊張でボタンを押す手が震える。



『はーい…』

「あ!すんません!隣に越してきた者ですけど、挨拶にきました!」

『ちょっと待ってくださいね…!』



画面に映っていたのは、

染まることを知らない綺麗な黒髪と、そこから覗く瞳。

頬の高い位置に出来る笑窪に白く輝く歯。


どうしよう、何故。

どうして彼が隣の部屋に。


好きになっても仕方ないと諦めていた彼が。




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