ゴオォッと空気が音を立てる。
分が悪い-そう感じたのかマスターと呼ばれる青年は先手を打った。
『ネプチュイア・ドラグーン』-水属性と風属性の複合属性魔術だ。
いきなり厄介なものを-だがこの程度なら本気を出さずとも相手することは可能だ。
厄介だと認識したそれを低級複合魔術で相殺する。
炎と光属性の魔術を得意とするレグジェが使うのは珍しい、突属性と雷属性の魔術なのだが。
そして続けざまに今度は-
『天罰』(ネメシス)-通常の人間なら即死するであろう威力のそれを青年に直撃させた。
だが-青年は濛々と立ち込める煙の中から姿を見せた。
だろうな。レグジェは心の中でそう呟く。
【灰色】ならこの程度ではまだ死なない。死ねない。
だからこそ直撃させた。それだけだ。
レグジェの世界ともいえるそれは-亜空間『ヘルツェ・ラ・ルーチェ』。
レグジェの『滅ぼされた』生まれ故郷だ。
とはいえ、レグジェのいつの間にか底無し魔力という代名詞がついた魔力によって街並みなどは完璧に再現されている。
この世界は-レグジェが本当の実力を発揮できる世界。
自分の中に宿った記憶の中で戦える、最高の【舞台】。
これからその舞台で罪人を処罰する。
その瞬間、マスターの動きが固まった。
カチッと音がしたと思うと空間が崩れ始めた。
いつの間にかレグジェの姿はなく、ぼろぼろと崩れていくそこはまるで夢のようだった。
パアァァァァァァァァァンッ……!
亜空間は光纏うポリゴンになって-儚げに四散した。
亜空間だったポリゴンの欠片にそっと触れると-涙を堪えティフォが待っているであろう目的地へと向かった。
-本当に彼女には隠し事が出来ないな。
くすっと軽く笑って誤魔化そうとしようにも-勝手に涙が出てきた。
泣き崩れたレグジェの背中をティフォはその小さな手で撫でた。
レグジェの心の痛みがどれほどのものなのかは解析しようにも分からない。だけど-
慰めの言葉はいくらでもかけてあげられる。
例えそれを本人が望んでいなくとも-ティフォにとってレグジェは恩人と呼べる存在だから。
今でも出会ったばかりの頃の記憶を【最重要ファイル】に閉まってあるのだから-
-数万年前
リル・フェアリエル、いや、その他多くの世界が別の世界と戦争をしていた。遺された人々はそれを【世界戦争】(ワールドウォー)と呼び歴史上最悪の戦争だと言った。
この時レグジェは育ち故郷の【グリモワールスフィ】で『魔導姫』として、そして2度も故郷を壊されてたまるかという想いで敵のたった1人で退けたこともあった。
ティフォは壊された死魔の里から逃げている途中-うっかり大魔神7人のうちの1人、魔神位階序列第3位【狂魔神】(ルナティックファージェン)-ウェルズ・ストラトニーチェと出会し母親に逃がしてもらい、そのせいで大好きだった母親を亡くしてしまった。
母親の最期の言葉-『最果ての地へ向かえば大丈夫』という言葉だけを頼りに一応戦えるだけの機動力は備えながら軽く20以上の世界を超えてきたところだった。
ようやく辿り着いたそこは-荒廃した土地がいつまでも続きそうな、昨日あった大戦によって所々に肉塊と死体が転がっているグリモワールスフィだった。
舞い上がる砂埃の中-レグジェは【侵入者】に対し奇襲をかけた。
-得意の聖術はこの頃からあった。
砂埃を突き抜けてくる光纏う細剣にティフォはいち早く気づき解析をした。
亡き母親が模倣したそれは-見事にレグジェに直撃した。
砂埃で見えない相手に、だが正体だけは分かったという言いぶりでこの時レグジェはティフォを殺さずにいた。
ティフォは特に気にもせず、逃がしてくれたことにだけ感謝を告げるとリル・フェアリエルへと向かった。
だから-リル・フェアリエルで出会った時、レグジェはティフォを怖がらなかった。
魔力反応があの時と同じだ、ということとあの時私に謎の攻撃を直撃させたのがこんな可愛い子だったのかという驚愕の感情でいっぱいいっぱいだった。
しかし肝心のティフォはそれを覚えていないが故にこう言った。
-君は覚えているだろうか?第1話、冒頭でティフォが過去を思い出していた時のことを……
「【驚愕】………【質問】何故当機を恐れないのか」と。
あの日見逃してくれたから、【わたし】はいる。
あの日見逃してくれて、また会って覚えていてくれたから、【わたし】は【闇魔神】として存在している。
レグジェが優しかったから、ティフォがここにいる…レグジェがティフォを生かしてくれたから……ティフォが生きている…レグジェがティフォを怖がらなかったから……ティフォ、レグジェ-ううん、レグと今こうして大親友、で居られる、よ……。
涙を拭いながら-大親友はティフォが解答に困ることを承知で聞いた。
聖魔-それも殆ど魔法生命体に近いそれを殺す?
殺す、殺害……対象の生命活動を強制停止させる…?
死ぬ-自分で言っておいて、わからない。
生命活動停止を表す?自分で言うなら何なのだろう-再起動不可?全損?大破?………よく、わからない。当てはまる言葉が多すぎて、わから、ない…Errorという文字が、言葉が、脳裏に過ぎる。考えても無駄なのだろう-少なくとも今は。
なんで、なんで君は-そんなに悲しげな笑顔でティフォに言うかな-
ティフォ、わかんなくなるよ。
約4万年生きてきたのに、まだ感情がよくわからないよ。
ティフォはどうしたらいい?
ティフォは何をしたらこの感情がわかる?
-ひとつ、思い当たる節があった。
しかしそれは禁忌。
そんなことをしてしまえばすべての信頼を失うだろう。
だが-その代わりに感情と、とてつもなく大きな心を手に入れられる。……と同時に大罪を犯すことにもなるのだが…。
…しかし-やるしかないのだろう。
今目の前で悲しげに笑う大親友の、大親友の【魂】を喰らうことを。
震えた声で-そして俯いて、今にも泣きそうな声でティフォは言った。
ティフォはぽたっと涙を零した。
レグジェは首を横に振り、知らないと言った。
本来なら許されることではない彼女の罪を- レグジェは見逃した。
許す、と一言言ったのだ。
涙で濡れた顔を上げるティフォの表情は驚きを隠せていなかった。
それがひどく機械らしくないと思えて-レグジェは少し笑った。
そう言うとレグジェは立ち去った。
ティフォはその瞬間ひとりぼっちになった感覚がして、レグジェの方へ手を伸ばした。が、その手は届くことなく-虚空を掴んだ。
やめて、ひとりにしないで。
ひとりは嫌だ。おかあ、さん…おかあさん…。
ティフォ、ひとりは嫌だよ…………!
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。