第4話

リスタート、闇魔神の記憶
26
2017/11/20 12:47
ティフォ
ティフォ
………………夢…?
目を開けると、まず見えたのが自分の部屋の天井。続いてふかふかの暖かい毛布。そして窓から差し込む暖かな朝日。
デジタル時計を見ると8時だった。
カレンダーを見ると11月19日の所に「夜レグとリフェールで会う」と書かれている。
そういえば今日は何日だっけ?
もう1度時計を見ると「11月19日」を示していた。
奇妙な夢だと思う。
あんなに生々しい夢は初めてだ。
ましてや、機械と死魔という感情の起伏が極めて乏しく生命体、生物とはかけ離れた存在の自分が夢というものを見るなんて。
-それにしても目覚めの悪い朝だ。
機械なのに冷や汗をかくなんて。
やはり血は半分死魔という生命体の血を受け継いでいるから、そういった現象は起こりうるものなのだろうか。
誰もいない、独りだけの部屋は妙に寂しく思えた。
今、もし自分のことを支えてくれる存在がまだ生きていたなら、どれだけ大泣きしていたのだろう-そう、涙の伝った跡が残る頬を撫でながら思う。
フェジェル-最愛の夫にして故人。自分は彼の願い通り、禁忌を犯した。彼のソウルはとても暖かい。
ティフォ
ティフォ
……フェジェル
名を呼ぶ度に、自分の魂とは違う魂がとくん、と呼応する。
そして-誰にも聞こえないような声で「愛してるよ」と呟き彼女の1日は【リスタート】した。
だが、悲しいことにそれを本人も、他の人々も、そしてこの【最果ての世界】ですら気づいていなかった。
ティフォ
ティフォ
………(レグと会うのは午後8時頃。それまで何をしようか)
-ふと机の上を見るとかなり古い本が置かれていた。【日記帳】と古代文字で書かれたそれは自分のものだ。過去を振り返るのも悪くない。そう思いティフォは日記帳を最初のページから読むことにした。
お母さんがお父さんと口論をしていた。
当機には口出しする間も与えない口論だった。
お父さんはお母さんに口論で負けた。
やはり、当機と違い純粋な機械には口論では勝てないのか。

敵襲から始まる1日だった。
お母さんとの情報共有により使える兵装はこれでかなり増えた。
【偽典・天撃】と【偽典・天移】を新たに習得した。
敵は【ペルシュレーゼ】の存在を確認、上司?に報告したと確認。【次】出会った時は逃がさない。
ティフォ
ティフォ
………魔戦の時の話、か。
ティフォ、は……お母さん、もお父さん、も見殺し…?にした………
-未だにわからない概念を口にしながら、過去の自分が思ったこと、感じたことを気ままに書いた日記帳を読み漁る……。


今日は珍しい。
誰にも出会さなかったし、誰かが交戦している様子も感じられない、見られなかった。
そろそろ【最果ての世界】が近いのだろうか。
ティフォ
ティフォ
…………?
ここ、だけ破けてる………何故…?
ふと次のところを読もうとした時、そこにはかつてはあったであろうページの名残-ページのちぎれ跡が何枚かあった。
何枚かあったあとには【この日を忘れてはならない。母の存在を忘れてはならない。最重要項目及び記憶禁忌、トラウマ、恨み恨み恨み恨み恨み-【破綻】】と滅茶苦茶な字で書かれていた。しかしそれは紛うことなき自分の字だ。
ティフォはそれを見てようやく思い出し-脳裏に浮かんだ、思い出すだけでも恐ろしいあの日の記憶にそっと手を翳した-…。
それは機械として、死魔として生きてきた中で最悪の日だった。何せ、母親が自分のミス一つのせいで死んだのだ。当たり前だろう?
きっかけはティフォが新たな世界へ足を踏み入れた直後のことだった。一応警戒はしていたものの、まだ10歳だったティフォには勿論詰めの甘いところもあった。今回は-それが仇となった。
??
………機械風情が我の世界を平然と歩くか、なぁ?
ティフォ
ティフォ
……っ!?
突然響く圧倒的な力を持つであろう存在の声にティフォは身構える。が、肝心のその姿が見えない。
??
姿が見えない?……くく、当たり前だろう?我は魔神、魔神位階序列三位【狂魔神】よ!!概念化した我には姿など要らぬ!
概念化した存在-そして魔神。
この情報だけで僅か10歳の機械少女-ティフォは結論という名の、最悪の正答を導き出した。
ティフォ
ティフォ
【理解】概念化した存在、魔神………つまり神髄持つすべての生命の頂点と判断した。
【読込】、【構築】、【編纂】、【殺戮体制】-『対【アルマ】用戦闘プログラム・ウェンディエルシシュチュエ』【起動】
当機、は神髄破棄、破損すべきと判断した……
天才機械少女とも言われた【それ】は-10歳という幼さで有り得ない速度であらゆる計算を施し魔神に対抗しうる兵装を『たったひとり』で編纂、起動させた。
解析、模倣に長けた【ペルシュレーゼ】は-計算は勿論得意としていたが、ティフォはその中でも飛び抜けて計算能力の高い『特化機体』の一機だった。
親機とは違い、『連結体』を作らず単独行動するのがペルシュレーゼ。この日も勿論-いや、逃げ延びたあの日からずっと、ずっとずっとずっと-独りだった。
巨大な鉄翼を展開させたティフォを目の前に、姿のない概念化した存在のそれは嘲笑しながら名乗った。
ウェルズ
我の神髄を破損する…!?
面白いことを言うもんだな機械も!!
…まぁいい、我はウェルズ・ストラトニーチェ。
今からお前を狂気を纏いし業火で焼き払う者よ!
ティフォ
ティフォ
…アルス・スピネル・ティフォーユ…………
それが【わたし】。
名乗られたからには名乗るのがマナーだと、何故か知っていた。
心無い機械少女は左手-左腕部に巨大な鎌を持つと消えた。
神髄確認-北東の方角に【それらしきもの】の存在を発見、破棄する。だが-
ウェルズ
【狂響】『プエリコットシンフォニー』
【狂運・神来凶夢】
先手を打たれた。
なんとか反応可能速度だった為魔弾を避けられたのだが-余裕で太刀打ちできるような相手ではないことは確かなようだ。
ここは一つ兵装を起動させるしかない。
ティフォ
ティフォ
……【起動】『偽典・星砕龍』(ライノシェイアポリアス)
繰り出した兵装は地を裂き天を穿つ【星魔】の奥義。いくら狂魔より下の悪魔とはいえその悪魔が使う最上級の技を模倣した『これ』なら少しはダメージが通-
ウェルズ
痒いな、なんだそれは?
ティフォ
ティフォ
っ-【驚愕】
直撃したのにその言葉を…!?
【驚愕】【驚愕】【驚愕】【驚愕】-【破綻】(エラー)。
脳内に響くそれを首を横に振って否定する。
違う、と。
ティフォは知っている。
【驚愕】たるものが何なのかを。
ティフォは知っている。
恐らく目の前の敵に主導権を渡せば自分は死ぬと。
ティフォは知っている。
【死ぬこと】が何なのかを。
だから、だから-
ティフォは抗う。
今この時を動かすすべての運命に、可能性に、自分の持つ最大の機動力-【限界】に。
ティフォ
ティフォ
【全典開】-『限界突破』
本来なら機械は使うことの許されないそれを【死魔】として使用、同時に機動力増強を成功させた。
ティフォ
ティフォ
ティフォ……まだ死にたくない…………まだ死ねない………っ!
自身の機体を『揮発させ』-姿を消した。
ヒュッという空を切る音と共にティフォは斬撃を、魔弾を、兵装を起動させる。大気中のマナを破壊、汚染しそれらを防壁として活用させる。
ウェルズはそれをものともせず更に上の、高威力の魔術をティフォに容赦なく撃つ。
ティフォ
ティフォ
ティフォ……は…運命に抗うのーっ!
その瞬間-
ドオォォォォオォォォォォオオォォォンッ!
ティフォ
ティフォ
……!?
爆音が轟き、地を軽く揺るがした。
濛々と立ち込める砂埃から現れたのは-
ブランシェール
ブランシェール
………ティフォ…
ティフォ
ティフォ
おかあ、さん……?
アルス・スピネル・ブランシェール-伝説の【真機械神】(デウスエクスマキナ)と呼ばれる者でありティフォの母親。5歳の時にはぐれて以来、ずっと会えなかった大切な『ひと』。
ティフォに、機械に感情を知識ながらも教えてくれたひと。ティフォを僅かに芽生えた感情で精一杯愛してくれたひと。
ティフォはそれを、もう過去形で語って、思い出す度に呼吸器官などない体が勝手に息を詰まらせる。
ティフォ
ティフォ
…………!!これ以上は……嫌、だ…
その後どうなったか-思い出すだけで恐ろしい。恐ろしさのあまりに涙が溢れ出てしまう。それだけは嫌だ、と【記憶の檻】から抜け出すと時計を見た。いつの間のか17時で少し驚いたが、約束の時間までまだ時間はある。落ち着いて用意をしよう、と機械なのに心を落ち着かせた。

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