2人は北西にある知力と魔法の都市、メディシェル・オスクウォセンのショッピングモール内をレグジェは大量のフルーツオレを、ティフォはオルストラ・ユアンジェンで定期的に特売される除染液を飲みながら歩いていた。
魔導師や悪魔には、その光景が異様に思えたらしく2人は一躍目立っていた。
特にティフォは飲み物でないものを平然と飲むため驚かれていた。
除染液はティフォ-【ペルシュレーゼ】にとって血液のようなもの。生命体としての血が濃かったティフォにとって、除染液は摂取しなければならないものだった。
定期的に規定量摂取することで、半機械半生命体としてのバランスをうまく保つことが出来る。
生命体としての体が除染液を受け付けないのかと言われれば、そうではないらしく時間が経つと取り込んだ除染液と生命体として流れている血液は調和して無害な液体に変わるらしい。全く、機械でも生命体でも生物という観点においてはうまいこと出来ているようだ。
-違うそうじゃない。
たしかにこの両手に抱えているフルーツオレや除染液は顔パスで手に入れられたが-ティフォが言いたいことはまた別のことだ。
ショッピングモール6階、知る人ぞ知る店と店の隙間を通ったところにそれはある。
『大賢者の商店』-【ワイズトリッキー】だ。
相変わらず店を開けている店主ことこの最果ての世界の大賢者フィリエ・グラツィエールの名をレグジェが呼ぶと、フィリエは怪訝そうな顔で姿を現した。が、呼んだのがレグジェだということに気付くとすぐに笑顔になった。
きょとんとするティフォにファイト一発。
フィリエは光槍グングニルを5本投げたのだが-ティフォはそれをすべて闇剣フルンセルで相殺。
レグジェはまたか、と光と闇の攻防をただ見ていた。
フィリエが魔法で作ったスクリーンに映し出されたのは、リル・フェアリエルの全体図だった。その左下は、赤くマークされている。
ふたりの結論に、フィリエは頷く。
その言葉で、レグジェとティフォは血の気が引くのがわかった。
これまでに何度か彼女の被験体となった2人には、それがどれほど恐ろしいのかがよくわかる。
聖水の賢者なんて呼ばれているフィリエだが、性格はまだ双子の妹、リフィル・グラツィエールの方がかなり優しい。無慈悲すぎるフィリエの作る秘薬はたいてい誰かを殺すための劇薬に過ぎない。これまで、ティフォとレグジェは半機械半生命体、完全魔法生命体というよほどのことがない限り死なない、死ねない体ということを理由に幾度となくその劇薬を口にした。
初めは如何にも薬らしい苦味があったのだが、次第に味は甘かったりそこに少し酸味が加えられたりとアレンジが加えられていくと共に、劇薬としての効果も強くなった。
2人に責められ、フィリエはがっくりと項垂れる。
だが、とフィリエは開き直る。
駄目だこいつ、とティフォとレグジェは思った。
くすくす笑いながらレグジェは言う。
レグジェはフィリエの反応が面白いからという理由で、フィリエだけはよくからかうようになった。実際、フィリエもティフォもそれを面白いと思っているから本気の喧嘩になったことは一度もない。
珍しくドヤ顔気味でティフォが言う。
たしかに半機械半生命体の彼女なら、老化の心配は必要なさそうだ。
つまりここにいる3人で唯一生身なのはフィリエだけとなる。
フィリエはふふん、と透明な液体が入った薬瓶を2人に見せる。
うーわ、こういう色のやつ程やべーやつだわ……と言わんばかりに苦笑いなレグジェともはや呆れ顔になっているティフォを見て、フィリエはむっとした。
こうして3人はデュロエ・エルフィエンに飛んだ。
デュロエ・エルフィエンは相変わらず他の都市とは違いかなり荒廃しているように見える。
それもそのはず、まず立ち並ぶ家屋が歴史の教科書に出てきそうなトタン屋根に、ボロボロの古木で作られた小屋。そして道路は舗装されることなく、相変わらず砂利道が延々と続いている。都市中心部ではこんなことないのだが、ここスラム街はこの道が当たり前。やせ細った子供達が時折レグジェ達を羨望の眼で見ては通り過ぎる。
レグジェはそれが嫌になったのか、フィリエの検索魔法で指定されていた場所へと歩みを進めた。
左に曲がってすぐ、レグジェは十八番ともいえるそれを放った。ティフォは敢えて何もしなかったのだが、フィリエは驚いていた。
ティフォの言葉にレグジェは笑顔で頷く。
レグジェが指を指した先には、大量の灰色の子供と大人の灰色が1人。
だが、よく見ると灰色の子供の目はどれも灰色が持つ色ではなかった。しかし、大人の灰色-青年は完全に灰色だった。レグジェに指された青年はレグジェ達の方へやって来ると、恭しくお辞儀をした。
左手に【黙示録】(アポカリプス)を持ったレグジェがその聖杖を青年に向けると、それはひとつの剣に変わった。
青年は投薬された数秒後、溶けるようにして体が消えた。それをレグジェは後にこう語る。
今回フィリエが作った秘薬(劇薬)は過去最高の恐ろしい効果を持つものだった。
投薬されたなと思ったらいきなり青年の体がアメーバみたいになったんだもの、恐ろしすぎる。
フィリエはその後その劇薬の効能がどのようなはたらきによって起こるのかをたっぷり3時間程話してもらったが、覚えているのは劇薬のなんとかっていうよくわからん成分が生物の細胞を粒子レベルの小ささに分解しているというところだけ。
あんなに熱弁してもらったのにそれしか覚えていないのは誠に申し訳ないとは思っているけれど、そもそもあたしは劇薬に使われるような凶悪な有毒成分にはそこまで詳しくはないし、知りたいとも思っていなかった。
ただ、あの時の彼女はとてもいい狂った笑顔を浮かべていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。