第8話

聖水の賢者
31
2017/12/28 18:27
ティフォ
ティフォ
……レグ、本当………フルーツオレ好きだよね
レグジェ
レグジェ
まぁね。
なんかこの味落ち着くんだよー
2人は北西にある知力と魔法の都市、メディシェル・オスクウォセンのショッピングモール内をレグジェは大量のフルーツオレを、ティフォはオルストラ・ユアンジェンで定期的に特売される除染液を飲みながら歩いていた。
魔導師や悪魔には、その光景が異様に思えたらしく2人は一躍目立っていた。
特にティフォは飲み物でないものを平然と飲むため驚かれていた。
除染液はティフォ-【ペルシュレーゼ】にとって血液のようなもの。生命体としての血が濃かったティフォにとって、除染液は摂取しなければならないものだった。
定期的に規定量摂取することで、半機械半生命体としてのバランスをうまく保つことが出来る。
生命体としての体が除染液を受け付けないのかと言われれば、そうではないらしく時間が経つと取り込んだ除染液と生命体として流れている血液は調和して無害な液体に変わるらしい。全く、機械でも生命体でも生物という観点においてはうまいこと出来ているようだ。
ティフォ
ティフォ
ところ、で………なんでここに来た、の…?
ティフォ………ここ…あまり好きじゃ、ない……
レグジェ
レグジェ
ここなら大賢者もいるんだし灰色について何か知ってるかなーと思って。
まぁまぁ、あたし達なら顔パスでいけるでしょ!
-違うそうじゃない。
たしかにこの両手に抱えているフルーツオレや除染液は顔パスで手に入れられたが-ティフォが言いたいことはまた別のことだ。
レグジェ
レグジェ
おーいフィリエ、居るんでしょー?
ちょっと聞きたいことがあるんだけどー
ショッピングモール6階、知る人ぞ知る店と店の隙間を通ったところにそれはある。
『大賢者の商店』-【ワイズトリッキー】だ。
相変わらず店を開けている店主ことこの最果ての世界の大賢者フィリエ・グラツィエールの名をレグジェが呼ぶと、フィリエは怪訝そうな顔で姿を現した。が、呼んだのがレグジェだということに気付くとすぐに笑顔になった。
フィリエ
フィリエ
あら、レグジェとティフォでしたの。
実験中に名前を呼ばれたから誰かと思いましたわ
ティフォ
ティフォ
リフィル………今度、は…何を『犠牲』に………?
フィリエ
フィリエ
ちょっとティフォ!
それじゃまるで私が実験で何かを犠牲に成功させようとしているように思われてしまうではありませんの!
そして私はフィリエですの!
双子の妹と間違えないでくださる!?
特にあなたは半機械半生命体でございましょう!?
わざとらしすぎますの!
ティフォ
ティフォ
?……実際、そうじゃない……の?
きょとんとするティフォにファイト一発。
フィリエは光槍グングニルを5本投げたのだが-ティフォはそれをすべて闇剣フルンセルで相殺。
レグジェはまたか、と光と闇の攻防をただ見ていた。
レグジェ
レグジェ
まぁまぁそれぐらいにして。
今日あたし達が来たのは灰色について聞きたいから来たのよ。
リフィル、最近の灰色の動きについて調べてくれる?
フィリエ
フィリエ
だから私はフィリエでございますわ!………そしてそうならそうとはじめから言ってくださいまし!
んーと………?
…………あぁもうめんどくさいですわ…術式展開、【解析魔法】アーケストラリンデ【起動】【検索】!
………………………………検索結果が出ましたわ
レグジェ
レグジェ
相変わらず便利ねー、検索魔法ってのは。
この世界で使えるのはフィリエだけだから、これからも扱き使わせてもらうね♡
フィリエ
フィリエ
や、やめてくださいまし!
…変な冗談はそこまでにして、こちらを見てくださる?
フィリエが魔法で作ったスクリーンに映し出されたのは、リル・フェアリエルの全体図だった。その左下は、赤くマークされている。
ティフォ
ティフォ
南西…………デュロエ・エルフィエン………
フィリエ
フィリエ
そう、どうやらここには今灰色が沢山居るらしいんですの。
でも、そこから更に緻密な検索をかけていくとその子達は皆10歳ほどなんですの。
つまり、赤ん坊はいない、ということですの。
これが何を表しているのか-魔神様であるあなた達にはおわかりでございましょう?
ティフォ
ティフォ
まさか……
レグジェ
レグジェ
あまりこの線は信じたくないけど………
ティフォ
ティフォ
誰か、が………意図的に……灰色………造ってる…?
ふたりの結論に、フィリエは頷く。
フィリエ
フィリエ
そういうことになりますわ。
だから、灰色の増加を抑えるためには、そこにいる製造者(マスター)を殺さなければなりませんの。
何せ-精密検索でわかったことに、製造者の性格まで分析されたんですの。彼は今私達がこう話している間にも、更に灰色を造りだそうとしてるんですの……そ、こ、で。
私、久しぶりに人体実験を行いたいと思ってますの♪
その言葉で、レグジェとティフォは血の気が引くのがわかった。
これまでに何度か彼女の被験体となった2人には、それがどれほど恐ろしいのかがよくわかる。
聖水の賢者なんて呼ばれているフィリエだが、性格はまだ双子の妹、リフィル・グラツィエールの方がかなり優しい。無慈悲すぎるフィリエの作る秘薬はたいてい誰かを殺すための劇薬に過ぎない。これまで、ティフォとレグジェは半機械半生命体、完全魔法生命体というよほどのことがない限り死なない、死ねない体ということを理由に幾度となくその劇薬を口にした。
初めは如何にも薬らしい苦味があったのだが、次第に味は甘かったりそこに少し酸味が加えられたりとアレンジが加えられていくと共に、劇薬としての効果も強くなった。
レグジェ
レグジェ
…あぁ、また犠牲者が
ティフォ
ティフォ
フィリエ…………人殺し
フィリエ
フィリエ
ちょっ、誰が人殺しですのよ!
あくまでも、この薬が人を殺しているに過ぎないのですわ!?
レグジェ
レグジェ
じゃあそれを作ったのは?
ティフォ
ティフォ
フィリエ……でしょ?
フィリエ
フィリエ
ゔ………ぐうの音も出ませんの……
2人に責められ、フィリエはがっくりと項垂れる。
だが、とフィリエは開き直る。
フィリエ
フィリエ
……私特製の秘薬で死んでしまう方が悪いんですの。
あなた達2人を殺せない薬に負けるのが悪いのですわ
駄目だこいつ、とティフォとレグジェは思った。
レグジェ
レグジェ
5000歳過ぎてまーだそんなこと言うのかよ…フィリエってほんと変わんないよねー
くすくす笑いながらレグジェは言う。
レグジェはフィリエの反応が面白いからという理由で、フィリエだけはよくからかうようになった。実際、フィリエもティフォもそれを面白いと思っているから本気の喧嘩になったことは一度もない。
フィリエ
フィリエ
…レグジェも、見た目は変わらないのですわ、羨ましい限りですわ
レグジェ
レグジェ
まーあたしはお姉様のせいで16歳の姿のままにされちゃったからねー。
簡単に言うと体の中の時計がどんな形になろうと止まったままになるんだわ。だから生身から完全魔法生命体になってもこのままってことになるんだよね
ティフォ
ティフォ
ティフォ………は…機械でもある、から………老化、気にする必要…ない
珍しくドヤ顔気味でティフォが言う。
たしかに半機械半生命体の彼女なら、老化の心配は必要なさそうだ。
つまりここにいる3人で唯一生身なのはフィリエだけとなる。
レグジェ
レグジェ
まぁでも……生命の賢者さんと仲良く出来て良かったんじゃない?
そりゃあんたのことだから秘薬(笑)とかで老化制御したりとかしてるんだろうけどさ
フィリエ
フィリエ
そりゃあ外見は若く見せたいものですわ。
……本題に戻りますわよ。
今回使う秘薬はこの『ストラ・ポイズリー』ですわ!!
フィリエはふふん、と透明な液体が入った薬瓶を2人に見せる。
うーわ、こういう色のやつ程やべーやつだわ……と言わんばかりに苦笑いなレグジェともはや呆れ顔になっているティフォを見て、フィリエはむっとした。
フィリエ
フィリエ
なにか言いたそうにしていますが-ま、いいですわ。
さぁ早速デュロエ・エルフィエンに出発ですのよ!
善は急げなのですわー!
レグジェ
レグジェ
っ!待ってフィリエ!
フィリエ
フィリエ
どうかしたんですの?
レグジェ
レグジェ
あんたのテレポートは不完全でしょ。
ここはあたしが3人まとめて向こうに飛ばすわ
ティフォ
ティフォ
ティフォもその方が………良いと判断
こうして3人はデュロエ・エルフィエンに飛んだ。
デュロエ・エルフィエンは相変わらず他の都市とは違いかなり荒廃しているように見える。
それもそのはず、まず立ち並ぶ家屋が歴史の教科書に出てきそうなトタン屋根に、ボロボロの古木で作られた小屋。そして道路は舗装されることなく、相変わらず砂利道が延々と続いている。都市中心部ではこんなことないのだが、ここスラム街はこの道が当たり前。やせ細った子供達が時折レグジェ達を羨望の眼で見ては通り過ぎる。
レグジェはそれが嫌になったのか、フィリエの検索魔法で指定されていた場所へと歩みを進めた。
レグジェ
レグジェ
っ!『フェルアホーリー』!
左に曲がってすぐ、レグジェは十八番ともいえるそれを放った。ティフォは敢えて何もしなかったのだが、フィリエは驚いていた。
フィリエ
フィリエ
ちょ、ちょっとレグジェ!?
いきなりあなたの十八番をぶちかますだなんてどうかしてますわ!
ティフォ
ティフォ
違う……レグ…どうもしてない………
ティフォの言葉にレグジェは笑顔で頷く。
レグジェ
レグジェ
えぇそうよティフォ。
どうかしてるのはあっちよ
レグジェが指を指した先には、大量の灰色の子供と大人の灰色が1人。
だが、よく見ると灰色の子供の目はどれも灰色が持つ色ではなかった。しかし、大人の灰色-青年は完全に灰色だった。レグジェに指された青年はレグジェ達の方へやって来ると、恭しくお辞儀をした。
マスター
これはこれは【聖魔神】と【闇魔神】、そして聖水の賢者様ではありませんか。
レグジェ様、いきなり僕に聖術を向けてくるなんてどういうことですか?
レグジェ
レグジェ
煩いですよ糞餓鬼。
生半可な知能と魔術でこれ以上世界の均衡を乱そうとしないでほしいのですが
左手に【黙示録】(アポカリプス)を持ったレグジェがその聖杖を青年に向けると、それはひとつの剣に変わった。
レグジェ
レグジェ
……フィリエ、私が【黙示録】でこいつの足を封じている間に投薬してくれて構わないわよ
フィリエ
フィリエ
わかりましたわ。
貴方様のような方は灰燼と化すが良いのですわ
マスター
はぁ!?えちょっとなんで動けなくなって…………っ!?
青年は投薬された数秒後、溶けるようにして体が消えた。それをレグジェは後にこう語る。

今回フィリエが作った秘薬(劇薬)は過去最高の恐ろしい効果を持つものだった。
投薬されたなと思ったらいきなり青年の体がアメーバみたいになったんだもの、恐ろしすぎる。
フィリエはその後その劇薬の効能がどのようなはたらきによって起こるのかをたっぷり3時間程話してもらったが、覚えているのは劇薬のなんとかっていうよくわからん成分が生物の細胞を粒子レベルの小ささに分解しているというところだけ。
あんなに熱弁してもらったのにそれしか覚えていないのは誠に申し訳ないとは思っているけれど、そもそもあたしは劇薬に使われるような凶悪な有毒成分にはそこまで詳しくはないし、知りたいとも思っていなかった。
ただ、あの時の彼女はとてもいい狂った笑顔を浮かべていた。

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