俺はその日の練習が終わると、走って部室へ向かい、速攻で着替え、『和泉先輩』の元へ向かった。
練習中にチラ見して、坂の上のベンチにいたことは確認済みだ。
さっきまで座って黙々と描いてたから、きっとまだいるはず。
俺はただ、和泉先輩にお礼を言いたくて、とにかく、何でもいいから話したくて、知り合いみたいなものでもいいから、何か関係を持ちたかった。
俺が坂を駆け上がると、ちょうど先輩は立ち上がり、帰ろうとした。
俺は急いで呼び止めた。
声に出してから俺は思った。
馬鹿!俺!こんな語尾を伸ばして言うやつ、めっちゃ印象悪いだろ!と。
すると、先輩は少し怯えた様子で
と返事をした。
俺は少し息を整え、また話し始めた。
俺がこう言うと、先輩は
と、微笑みながら言った。
そしてそのとき、俺はまたあの不思議な体験をしたのだ。
その目に吸い込まれて、そしてゆっくりと俺の身体ごと全部包み込まれるような、そんな感覚。
まさに、『落ちる』感覚。
あ、と思ったときにはもう口に出していた。
正人をはじめ、友達が言うように、俺は馬鹿で単細胞で、きっと理性なんてなかったのだろう。
と。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!