おかしい。さっきまで耳の辺りでペースメーカーの音がしていたのに酷く静かになった。瞼を閉じているからかわからないが暗い。それに何だろうか...体が凄く軽い。浮いている様な感覚だ。
眼下にすすり泣く家族が見えた。眼下にだ。僕の身長は家族を見下ろせるほど高くない。むしろ低いほどだ。なのに何故なのか、冷たくなった肌を見たような表情をした家族を、僕はそれを見下すばかりだった。
長らくの沈黙の中、その中で僕はだんだん自分が家族を見下す理由を理解していた。死。受け入れ難いその抽象的な事象が僕の中で染み込むように感じられた。それに静寂だとばかり思っていた死だが、僕の思惑とは別に僕の思考は止まらなかった。死に静寂など無かった。
目まぐるしい思考の中で名残惜しさと言うか、まだ生きたかったという思いがうかぶ。その反面ペースメーカーの鎖に繋がれた犬のような人生になると思うと未練は薄れて行った。
運動会で聞く様な、はたまたテレビのキャスターが喋ったようなその明瞭な声はまたたく間に僕の意識を眼下から離した。
視聴限度。…視聴限度。日本語なのだろうが、その言葉がこの場で使われている意図は汲み取れない。簡単に言うと何を言っているのかわからない。次に僕が口を開くと二つ返事が帰ってきた。
口を木製のボタンで閉じられたその姿は、確かに僕の視界に佇んでいた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!