空一面の黒、黒、黒。絵の具が白く飛び散ったように星が光るその下、僕の横に触れたのは手だった。
僕は無意識に手の主をそう呼んでいた。
なんでも。と言うと、彼女は微笑みながら そう。とだけ言った。
またしばらくして僕が口を開く。
そう長くない会話だった。だがその中で僕は安堵を覚えていた。彼女との無言の間は暗い夜の中に小さなランタンを置いたように温かみがあったのだ。
間の後に一閃、彼女の言葉が刺された。
いつまでかなぁ…
僕はぼんやりと答えた。横に映る彼女は虹彩に空の星屑を全て映し、その黒い瞳を潤わせていた。
そうだとしたら寂しいなぁ、と心中に唱えるが、彼女の表情はどこか果てしなく遠くまで続く優しさに満ちていたような気がした。
その後はまた短い会話を何回か。
その夜はそれで終わった。
次の週になるとまた僕は彼女と出かけていた。
海辺をドライブしていると、海面と空の間を飛行機雲が横切って分かつのをみた。
車内にはラジオの音だけがなる。
流れるジャズに割って入り、彼女は口を開く。
そんなもんなんだね... ぽつっと呟いた。
やはり会話は途切れさえするが、二人の間には確かな安らぎがあった。
日が過ぎ、また彼女と出かけると
とか
から言葉を始め、僕を不安にしてからまた微笑んで見せた。
僕はそれを幸せに思い、いつまでも続けば良いと思った。
2ヶ月後
今日は珍しく彼女のショッピングに付き合っていた。話には聞いていたが女の人のショッピングは長く、それなりに時間がかかった。だが彼女が笑いながら‘‘この服どう?”なんて聞くからそれだけで退屈はしなかった。
今回も去り際まで短い会話を何回か繰り返していた。やはり幸せを感じている。これがいつまでも続いていけば良い。続かずしてどうして生きていけようものか。
次の日の夕方、僕は何か嫌な予感をよぎらせた。
彼女から連絡の一つも来ないのだ。
いつもなら昨日はありがとう、とか寄越してくるのに今回は何故だか。人が多い所に行ったんだから風邪でも貰ってきたのかと流してしまい、明日見舞いにでも行ってやろうと言いながら手をしっかりと洗いうがいをした。
次の日ー
10:46
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< 舞 ▼
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(一昨日)
(今日)
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1日経っても連絡が帰ってこない。そんなに風邪をこじらせたのだろうか。途中でプリンを買っていこうか。
そんなことを考えながら不意につけたテレビのニュースキャスターが淡々と言い放った。
それ以降は聞き取れなかった。まさかとは思ったもののやはり不安は拭いきれるわけもなく、血相を変えて家を出た。
彼女の家についてインターホンを押してみても返事一つない。ドアの鍵も閉まったままで人気もない。
ドアの前に崩れ去ると、あの日見た星のような量の彼女の言葉と熱い涙が溢れてくる。
ーーーー いつまで愛せるかしら ーーーー
ああ、
ーーーー もしもね… ーーーー
君は…
ーーーー ねえ、 ーーーー
僕を置いて...
どこに行ってしまったのだろう。
「貴方さえいてくれれば楽しそうなのにね」
ふと思い出したのはそのことばだった。
やっぱり僕の言った通りだった
もう呼吸も出来ない。
もっと話したかった。
気づけば僕は深夜の○○○海にいた。
目の前には一面の黒、黒、黒。絵の具が白く飛び散ったように星が光る。それを反射していつもは黒い海と空は一つになっていた。
こうすれば一緒に居られる...
「貴方さえいてくれれば楽しそうなのにね」
待っててよ。
水の中は寒かった。途中酸素が回らなくなった頃から更に冷たさが増していく。
舞...これからは
ずっと一緒にいよう...
そうすれば
楽しいし温かいだろう
ブーーーーーー
先程まで感じていた苦しみが解けると僕はスクリーンの前に座っていた。横に彼女の手の温もりはなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。