わたし達は声を揃えて、お別れの挨拶をする。
わたしは部室の隅に固めて置いているランドセルを手にかけながら、水筒でお茶を飲んでいる千江に声をかけた。
後ろから声がかかったと思うと、そこには花凛先輩がいた。
なんだろ………お説教されるのかな…?
う、うそっ!まじまじまじで!?
なんで脇役ごときで大げさな………なんて思っているあなた!いえいえ違います!
この一年生を迎える会の演劇部の公演は十分程度の短い劇。わたしら四年生にとっては初の舞台なんだけど、だいたい、舞台に出るのは五年や六年ばかりで、四年は裏方に回される。
それが、脇役だけど出られるってことは、超ラッキーじゃん!わたしの女優の幕が上がるね!
…あぁ、要は人手不足で、わたしがピンチヒッターって事ですね…
わたしがそう返事すると、先輩はホッとしたように胸をなでおろした。
わたしは、部室のランドセルを固めてある場所にポカンとしてこっちを見ている千江に駆け寄った。
ランドセルを開けて中を見た千江の顔に困惑の表情が浮かんだ。
と言いかけてわたしはハッとなった。千江も顔を強ばらせる。
ついこの間、わたし達はその前でキョーフの体験をしたばかりだ。
そう、はにかんだ千江の顔は………偽りではなく、ほんとの笑顔だったのでした。
やっぱ怖いぃ………さっきカッコつけるんじゃなかった…
ビクビクオドオドしながらも進んで行き、とうとうその場所…四年一組の前に立つ。
あぁ……なんか一組の看板すら神々しく、救いに感じる…
顔を強ばらせる千江。…そうだよね、物事は常に明るい方に考えなきゃ!
ガタガタ、ギシギシ…
相変わらず派手な音を立てながら、ドアが開く。
よかった…開いてた!
千江は教室に足を踏み入れ、自分の机に向かっていく。
その様子を静かに見守るわたし。
机の中を探っていた千江は算数の教科書を見つけたらしく、歓声を上げる。
多分、よかったって言いかけたんだろうけど、途中で言葉を途切れさす千江。
後ろからいきなり声がかかったから、わたしは1メートル(実際は10センチほどです)ほどとびあがってしまった。
そこにいたのはヘンタイヤロー………じゃなくて、虎谷大河くんだった。
いつのまにか後ろに来ていた千江が少しオドオドしながら聞く。
…ハモったね、今。
呆気にとられている間に…、大河くんはわたし達の手を掴み………………………………っておいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!
何女子の手無言でつかんでるんだよっっ!!
心の中はパニクってんのに、なぜか行動では示せないわたし。
そして、手を掴んで連れてきたのは…
…逃げたい。立たされて真っ先にそう思った。だってそこは、昨日声が聞こえた窓の前だったんだから。
わたし達は無言で視線を合わせる。
嫌な予感しかしないんだけど………大河くんは、相変わらず涼しい表情で、こちらを見ている。………かと思うと!
………サッ
いきなり、大河くんは手を挙げた。
その謎の行動に、わたしが戸惑ったのは…ほんの一瞬だった。それから…さらに妙なことが起こったから。
ガラガラガラガラガラ……
わたしと千江の視線は……真っ直ぐにその音がした方に注がれた。
…う、嘘でしょ………そ、そんな…なんで………?
なんで、窓が勝手に………開くの?
しかも…そこからっ!
…………あ、あぁ……な、なんで………もう、失神してしまいそうなぐらいに、足はガクガク震え、顔は真っ青、冷や汗がとめどなく溢れてくる。
だって、そこから………
手が………でてきてた。
真っ青を通り越して紫の顔色の千江は小さく悲鳴をあげた。
昨日は自然と足が動いたのに、今日は全く動かない。
そして、その手は…
わたしの手首を、ガシッと掴んだ。
いやぁって悲鳴をあげたいのに、声が出ない。その手は、わたしの手首を掴んでまま、どんどん窓に引きずっていく………
後ろで千江の悲鳴が聞こえた。わたしも、あげたいけどあげられない…
もう、わたしの上半身は宙に浮いてる。
どんどんわたしは、窓に引きずられ、引きずられ…とうとう、…体のほとんどが、窓の方に行っていた。
下を見るのが怖くて、上ばかりを向いている。
怖い怖い怖い………助け………
ドスンっ!
………は?………へ?痛い?痛いのは、落ちて当たり前だけど、あんな高いところから落ちて、ちょっとしか痛みを感じないのは圧倒的におかしい。しかも、落ちるという感覚がなかったような………?
わたしの真上から………凛とした声が聞こえた。
見上げると、透き通るぐらいに白い肌。ものすごく整った顔立ちに、緑色の髪の毛をツインテールにした女の子がこちらを覗き込んでいた。
まだ心臓はバックバク鳴ってたけど、なんとか抑えて、少女に尋ねる。
そして…わたしはここがどういう場所なのかを探った。
殺風景な、ドーム状の部屋だった。
と、名乗ろうとした少女は、きゅうに言葉を止めてこちらを見た。
この見知らぬ人物に名前を言っていいのか………と思いつつ、わたしは名乗った。
すると…
少女が目を大きく見開いた。
な、……何?
わたしが呆気にとられていると…
な、何?だから何なのよ!
いきなり少女は悲鳴をあげた。
口をパクパク、冷や汗ダラダラ、呼吸はハァハァ……その……わたし、何か変なことに言いました?
…と、わたしと女の子が変なやり取りをしていると…
大きな悲鳴とともに、窓から千江が飛び出してきた。
ドシン!!
千江もわたしと動揺、大きな音を立てて落ちる。
頭を抑えて呻きながら立つ千江に駆け寄る。
わたしの顔を見た千江は一瞬ホッとしたような顔を見せたけど……その顔がクシャっと歪み、瞳から一粒、涙がこぼれ落ちた。
涙を拭きながら、千江はそういう。
千江………そこまで、わたしを心配してくれたんだね。
さらに…
窓から、大河くんが乗り出してきた。
…あれ?何か大河くん、調子違くない?口調も、いつものおっとりした感じじゃない…
しかも、元からここがあったことを知っているかのように、平然と、地面に着地している。
顔を見合わせて、笑う二人。顔立ちの整った二人が笑っていると、超お似合いのカップルに見え……
って!どうでもいいからこんなこと!
この女の子はだれ?
ここ、どこ?
ずっと笑い続けていそうな二人を、わたしは慌てて止めたのでした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。