それから、私達は他愛もない話をしていた。
彼の名前はマシロというらしい。
この屋敷にはグランドピアノがあるが、実際に弾いたことは一度もないとか。
「楽譜もあるんだよ」
「それ、勿体無くない?」
「だったら、あなたが弾いてみてよ」
マシロは、少しムスッとしたような顔をした。
「無理だよ」
思わず笑ってしまう。
–––––……チリン…
どこかから、鈴の音がした。
「…何?」
「どうしたの?」
マシロが不思議そうに聞いてきた。
私が鈴の音がしたと言うと、今度は驚いたような顔をした。
「猫でも飼ってるの?」
「いや…この屋敷には、他に誰も…」
なんだか、怖くなってきた。
私は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
「あなた?」
マシロの声は無視して、ドアを開ける。
–––––…チリンッ
「…いた」
目の前を、真っ黒な猫が通り過ぎた。
「待って!」
思わず、私もその猫の後を追いかけた。
「あなた!?」
その時の私は、マシロの声など聞こえていなかった。
ただ、この猫を追いかけなきゃいけない…そんな気がしていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。