事務所の前に着くと、
足を止め大きく深呼吸をした。
いつもなら事務所からガヤガヤと大きな声が聞こえてくるはずなんだけど…
全く聞こえない。
誰もいないのかな…??
コンコン…ー。
ノックをしても何の反応もない。
小声でそう言って、
恐る恐る部屋の中へと入る。
と、…やっぱり誰もいない。
仕事かな?
こんな所に一人いてもしょうがないしなぁ。
どうしようか考えているとふと、
誰かの声が聞こえてきたので、
こっそりと扉を開けて隙間から誰がいるのか確認した…すると。
あれ…あの人、もしかして
この人なら、涼くんがどこにいるか知ってるかもしれない!!
うわぁ、目の前に小瀧望くん。
やっぱりカッコイイ…。
涼くんには敵わないけどねっ!
私が戸惑いながらもそう言うと、
望くんは何か考えるような仕草を見せた。
そりゃそうだよね。
いくら姉がモデルだからって
一般人には変わりないし。
いきなり居場所を教えて!
なんて怪しすぎるよね…。
きっと教えてくれない…
そう、諦めかけたその時
望くんは優しくそう言って笑ってくれた。
なんて紳士なんだろう!!
こんな優しい人だなんて思っても見なかった。場所を教えてくれるだけじゃなくて道までも案内してくれるだなんて…。
望くんの言うとおり、
少し複雑な道なりを歩いていくと…
【lesson 1】
と書かれたプレートが扉に貼ってある部屋の前で望くんが止まった。
ひょっとしてここで練習しているの?
望くんは、
"先に入るね"と言って扉をノックして
そそくさと中に入っていってしまった。
その後ろ姿を呆然と見ていると…
少し開きっぱなしにされている扉に目がいく。
ここからちょっと見れたりするかな…?
隙間から覗き見る…と
たくさんの男の子たちが踊っていた。
…ジャニーズJr.かな?
そして、
その真ん中で歌いながらダンスを踊る涼くん。
まるでliveを見ているかのよう…。
ただのジャージで踊っているだけなのに、
なぜだか特別に感じてしまう。
あのキレイな涼くんの唇が、
歌声を紡ぎ出す。
その歌に目を閉じて、そっと耳をかたむける。
その歌声は、ただただ優しく。
ただただ切なく。
そして、包み込むように温かく、
この胸をギュッと締め付ける。
♪
『さよなら
言えない夢みたいな二人の時間
真っ赤なタワーが
あの公園のベンチから見えるんだ
一緒にいれる 囲われたスノードームみたいに
綺麗で儚く過ぎてく
好きだよ 願い込めて ぎゅっと
その手 握り返した瞬間
真冬の冷たい夜空の下
ほら 雪が舞い降りて
きっと すぐまた逢いたくなるから
僕はその願い込めながら
色づく銀の景色に見とれた
君のおでこに 雪にまぎれ そっとキスした』
これ…涼くんが作詞した曲だ。
この曲を聴いて、
思い出さずにはいられなかった。
涼くんと過ごした思い出の日々を…。
初めてあなたの歌声を生で聴いたあの日のことを。
偶然あなたと出会えたあの日のことを。
優しく切なかったあのキスを。
あなたの歌声が思い出を蘇らせて、
切なくなる。
ねぇ、涼くん。
きっと私、初めて会ったあの日から、
ずっとあなたが好きだった。
ずっとあなたに恋してた。
私はきっと、あなたに出会う為に、
生まれてきたんだね。
ポロポロと溢れ落ちる涙を拭いながら、
ずっとずっと聞き惚れていた。
涼くんのラブソングを。
この胸に刻むように、聴いていた…。
ふと、静まり返ったかと思えば
ガヤガヤと人の声がしてきた。
そして
聞こえてきた涼くんの声に過剰に反応してしまう。
久々に聞いた、涼くんの声…。
望くんが指差した先は…
私が今いる場所。
とっさに私は扉に隠れるようにしゃがみこむ。
涼くんは不思議そうな顔で徐々にこちらに近づいてくる…。
どうしよう、さっきまでは大丈夫だったのに。
いざ目の前にしてみると、
何だか緊張してしまう。
久しぶりに会うから…?
とにかく私の心臓は、
うるさいくらいに鳴り響いている。
頑張らなきゃ。
そう、自分に言い聞かせて
震える拳を握ったその時…。
耳をくすぐる甘い声とともに、
懐かしい、温もりが私を包み込んだ。
愛しい人の声が、耳に響いて
体中に禁じる温もりに、
涙がこぼれ落ちそうになる。
その名前を呼んだ瞬間、
涼くんはハッとした顔をして私の体をはがした。
涼くんは
そう困ったように笑って私の腕を取った。
そして、二人同時に走り出した。
着いた場所は誰もいないHey!Say!JUMPの楽屋。
二人一緒にソファに腰を下ろす。
痺れるほどに甘い声が、私の名前を呼ぶ。
それだけて、涙が一気に溢れ出して。
もっと涼くんの顔を見たいのに、
視界が霞んでしまう。
"翼ちゃんのこと好きなのはわかってる"
と、無理矢理笑って見せると、
涼くんは少し困ったような顔をして、
いきなり笑い出した。
涼くんの指先が、そっと私の涙を拭う。
涼くんの両手が私の頬を包み込んで。
2つの蒼い瞳が、私の心を射ぬいた。
俯いてそう言う私を、
涼くんはおかしそうに見つめてくる。
そう言って意地悪く唇を歪める涼くん。
…もう、この人には敵わない。
きっと私の心なんて、
全部見透かしてしまってるんだ。
そう言って涼くんは切なげに苦笑いした。
少し見ない間に、何だか痩せた気がする。
私はそんな涼くんの手を握った。
涼くんはそう言って、私を真っ直ぐに見つめた。
もう…苦しいくらいに、好き。
涼くんのことが、どうしようもないくらい好き。
迷うことなんて何もない。
私はもう涼くんから、離れたりしない。
だから…
そう言って、大きなその胸の中に飛び込んだ。
温もりを感じ合えば、
愛しさが込み上げてして、
涙がとめどなく溢れ出してくる。
涼くんはそんな私をしっかりと抱き止め、
鼻先が触れあうくらいに、そっと顔を近づけた。
そして、…
涼くんの唇が、微かにそう動いて。
見つめあう瞳に吸い込まれるように、
ゆっくりと唇を重ね合わせた。
何度も何度もキスをして、
お互いの存在を確かめた。
息ができないくらいに吐息を交わらせて、
もう離れることはないと、誓った。
知らなかったよ。
好きな人とこうして抱き合うだけで、
こんなにも切なくて、幸せな気持ちになるって。
こんな気持ち、涼くんに恋するまで知らなかった。
おでこをくっつけたまま、
柔らかく微笑んだ涼くん。
二人同時にゆっくりと窓の外を眺めた。
すると…
外にはチラチラと雪が舞っていた。
初めて涼くんと過ごすクリスマス…
ん?クリスマス…。
あぁ!
今日は恋人の日。
クリスマス。
なのに私、何も用意してないなんて…。
しかも、涼くんと過ごす初めてのクリスマスだもいうのに…はぁ。
涼くんは私の肩を抱き、耳元でそう囁いた。
涼くんはニコッと微笑んで、
私の手をとった。
"どういう意味?"って聞きたかったんだけど言葉が出なくなってしまった。
それもそのはず。
だって…
涼くんは私の手をとったかと思えば、
キラキラ光る綺麗な指輪を左薬指につけたのだから。
"結婚してください"
"私でいいの…??"
恐る恐るそう問うと、
涼くんはゆっくりと頷き、
"李奈じゃないとダメなの"
そうハッキリと言い切った。
…その涼くんの言葉だけで、
生きていける気がした。
私が笑顔でそう言うと、
涼くんは突然顔を両手で覆った。
恥ずかしいのか、顔はまっかっか。
可愛い…。
これから私達、どうなるんだろうね?
仲良しな夫婦になるかな?
これからが、楽しみだね。
涼くんの優しい言葉に私の涙腺は破壊された。
だってこんな言葉初めて言われた。
こんなの、好きな人に言われたらたまらないよ。
鼻をすすり、目を擦りながら言う私を見て
涼くんは笑う
そう言って、涼くんは私の頭をグイッと自分の胸へと引き寄せた。
ふわっと香る涼くんの花の香りに包まれる。
私の好きな匂いだ…。
チラッと涼くんの顔を見ると、
凄い…笑ってる。
幸せそうに。
思わずその笑顔に見惚れる。
私の視線に気づいた涼くんはいつになく真剣な顔になった。
そして、徐々に徐々に涼くんの綺麗な顔が近づいてくる。
思わずギュッと目をつむった。
その時…ー
期待していたはずのものがこない。
ゆっくりと閉じていた目を開くと…
ニヤニヤ意地悪そうに微笑む涼くんの顔がうつる。
はい。キスされるって期待してました!
なんてそんな素直に言えるわけないでしょ!
頬を膨らませ、うつむいていると。
聞き間違えかと思うくらい、
甘い台詞。
まるでドラマの演出みたい。
私はヒロインになった気分で
ぼーっとしていると…
涼くんの唇が私の唇に重なった。
初めてしたあのキスとは少し違う。
なんだかとろけるような甘いキス。
涼くんは呆れたようにそう言って
また私の唇にキスをした。
それだけで、
ドキドキして、頬が熱くなって…。
涼くんは私をドキドキさせる天才なんだと、
改めて思い知らされる。
だけど、なんとなくそれが悔しくて。
そんなふうに、意地悪を言ってみる
そう言って、涼くんはまた窒息しそうな激しいキスをして、私の言葉を封じ込めた。
…きっと涼くんの焦りや不安なんて、必要ない。
だって私は、結局涼くんにしか溺れられない。
何年先も、何十年先も、ずっとずっと。
私はあなただけのものだよ…。
END
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!