第5話

あの人。
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2017/11/24 09:43
その日の放課後、靴箱には奴が立っていた。一瞬目があったけど、声はかけなかった。普段から、私から声をかけることはない。そのまま素通りして帰ろうとした。

「あのー、見ませんでしたかー?」

靴をはこうとしている私に春樹が声をかけてきた。

「誰を」
「あのー、ほら、あの人」

本当はわかっていた。奴はふうちゃんを待っている。私が帰る時、ふうちゃんのクラスの前を通り過ぎると、ふぅちゃんは委員会の仕事をしていた。

「ふうちゃんなら、委員会の仕事してたよ」
「あ、そうですか。あざーす」

胸のあたりがもやもやした。一つは奴がふうちゃんの名前を呼ばなかったこと。『あの人』という呼び方は、距離を感じるようだけど、素直に名前で呼ばないことで、見ている私からしてみると、本当に付き合ってるんだな、という気持ちにさせた。もう一つは、私がふうちゃんの名前を出した時、顔が赤くなって、委員会の仕事をしていると分かってから、落ち着きなくふうちゃんが来るのを待っていること。

どちらも胸が苦しくなって、無意味に叫びたくなった。

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