第3話

新しい日常の始まり
38
2017/11/30 11:37
仕事をかなり終わらせて、少しだけ息抜きをしていた時。

トントンとノックの音が響いた。
なんでこんな忙しいのかね、今日は……
紫の魔女
はい、誰だい?
扉をあけると、そこには午前中に訪ねてきたあの若者が立っていた。
紫の魔女
あら、今度はどうしたんだい?
またなんか間違えたかい?
あなた

いや、あの……

若者は申し訳そうに口を開いた。
あなた

本日から、紫の魔女様のお手伝いをさせてください!!!

紫の魔女
……赤の魔女になんか言われたね?
契約でも結んだかい?
私の問いかけに若者はコクコクと首を縦に振った。
『お入り』と手招きして若者を家にあげた。
紫の魔女
まあ、契約を結んでしまったのなら仕方が無いね…
じゃあこれから仕事の手伝いをしてもらおうか。
あ、その前に、これを見ておくれ
私はそう言い残して、ある箱の中を漁った。
この箱は、人間の中から魔女の世話役として選ばれた者、この若者のような者たちの分の葡萄が入った箱だ。


その中から、ひとつだけ緑色の粒を取り出して見せた。
あなた

それは…?

紫の魔女
これは、お前の分の粒だよ
他のは紫色なんだが、魔女と契約を結んだ者の分は色が変わるのさ
姿を変えられたものは黒に近い色、その他の契約は緑色になる…これも覚えておくんだよ?
そう言ってその粒を机の上に置いた。
あなた

紫の魔女様のお仕事って、どんなものなのですか?

紫の魔女
綺麗な言い方だと『命の振り分け』とでも言おうか…
悪くいえば人殺しなんだけどね
あなた

人殺し、ですか?!

紫の魔女
必要な人殺しなのさ、それも魔女にしかできない人殺し。
酷いだの、冷酷だの言われようが知ったこっちゃない。
こっちは頼まれてやってるってのにねぇ
だめだ。若者の中で人殺しという言葉だけが独り歩きしている。
なんでそんな真っ青になってるんだか分からないが、こんな手伝いをよく寄越したもんだよ…
もっと軽いヤツを連れてくればよかったのに。
紫の魔女
さあ、仕事の説明するよ?

毎朝、木の根元に木箱が届くから、それを家に運ぶ。
その中の葡萄を2房取り出す。
2房分の葡萄の粒を房から取り外す。
その中にシワシワしたものとそう出ないのがあるから、それを分別して、シワシワしたものだけ残す。
終わったら庭の世話でもしといておくれ。


……手伝えるのはここまでだね。覚えたかい?
あなた

はい、多分。

紫の魔女
なかなか上等だね。
じゃあ、今日はあと2房残ってるから今言ったことをやって見せてごらん。
若者はせっせと働いている。
案外使い物になるじゃないか。
その光景をしばらく眺めていると、若者は作業を終えていた。
あなた

紫の魔女様!これでどうでしょうか…?

机の上にはシワシワした実だけが綺麗に並べられている。
褒めてやろうと思ったが、まだ若者の名前を聞いていないことに気がついた。
紫の魔女
うまくやるじゃないか。
ところで、お前名前はなんという?
若者も名前を教えていないことに気がついたらしく、はっと声を漏らして教えてくれる。
あなた

申し遅れました、あなたと言います!

紫の魔女
そうかい、あなたか…しっかり覚えたからね
机の上の実たちと箱の中をゆっくり見つめ、
『うん、よく見分けられてる』
と心の中でもう1度あなたを褒めた。

その時、あなたから質問が飛んできた。
あなた

あの、紫の魔女様?

紫の魔女
ん?どうしたんだい?
あなた

紫の魔女様には、「紫の魔女」という名以外にお名前は無いのですか?

まさか誰かから自分の本名を尋ねられるとは。
最後に名前を口に出したのはいつか分からないほど昔だ。
久しぶりに自分の名前を人に明かす、と思うととてもドキドキしてしまう。
紫の魔女
……グレープだ
あなたは疑っているようで、目をきゅっと細めてこちらを見た。
あなた

……本当ですか?

紫の魔女
本当かは私にも分からない。
小さい頃の記憶というのがあまり無くてねぇ。
気付いたらグレープと呼ばれていたんだ。
紫の魔女
魔女ってのはそんなもんさ。
グレープだから葡萄を扱う。
赤の魔女だって、本名はチェリーだ。
チェリーだからさくらんぼを扱う。
そのまんまだろ?私とおんなじさ。
あなたはまだ疑っている。
私がグレープなのが謎なのか?
それとも赤の魔女が、あの冷酷で有名な赤の魔女が、「チェリー」なんて可愛い名前なのが謎なのか。
私はずっと後者が謎である。
あなた

じゃあ、どちらで呼ばれるのが嬉しいですか?

紫の魔女
どちら…ってのはどういうことだい?
あなた

紫の魔女様か、グレープ様か、どちらが嬉しいですか?

よく出来た若者だ。
いや、最近の若者はみんなよく出来ているのかもしれない。
にしても、相手の気持ちを汲むのがうまい。

その心遣いが、いつからかバキバキだった私の心を少し温かくしてくれる。
紫の魔女
好きなように呼びなさい。
ただし、「様」は付けなくていいからね。
「さん」とかの方が、あなたも楽だろう?
あなたは大きく頷き、少しだけ考えたあと笑顔で私の目を覗き込んできた。
あなた

じゃあ、グレープさんとお呼びしますね!!

紫の魔女
好きなようにしなさい?
あと、その堅苦しい敬語も辞めな?
語尾はそのままでもいいと思うけど「お呼びします」はちょっと他人行儀過ぎないかい?
あなた

……呼びますね!!

紫の魔女
うん、それぐらいがちょうどいいだろう。
さあ、仕事に戻ろうか
はい!と威勢のいい返事と共に、扉を開けて庭へ出ていった。
どうやら庭の世話もきちんとやってくれるらしい。

あなたと話したこの何分かで勝手に母親のような気持ちになってしまった自分が少し恥ずかしい。
紫の魔女
さあさあ、私も頑張らなくちゃ
窓から庭をちらっと見ると、あなたがカラスたちにつつかれているのが見えた。
まだカラスたちには懐かれないか…
紫の魔女
あとから良い奴だと教えてやらないとねぇ…
見るからに本人はパニックになっているが、見ている分にはとても微笑ましく見える。
本当に、本人は笑ってもいないしむしろ泣きそうな顔をしている。だが、申し訳ない。本当に微笑ましい。

なんだかとても心地よい気分になり、目を細めてしばらくの間あなたを眺めていた。

これから始まるあなたとの生活が少し楽しみだ。

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