あのクリスマスから数日経つ。
クリスマスの次の日にあの子がどんな顔でこちらに帰ってくるか心配だったが、あの子はそんな心配はいらないくらい幸せそうな顔で帰ってきた。
父親と話したこと、家の中がまるで母親が飾ったように飾り付けされていたこと。
あと、『パパはパパのままだった』なんてことも言っていた。あの子らしい感想だと思う。
さて、私は以前あの子に、母親の記憶を見れる薬をあげた。だが、その瓶の中身は、少し酢を加えた水。
あの子は記憶の話をしていたから、しっかり母親の記憶が見られたんだろう。
それも、あの子の力で。
あの子が記憶の話をした時、"あの日"の記憶を見たことは話さなかった。確実に記憶に残っていたはずなのに。
もしかしたら最後まで見なかったのかもしれない。
確かに、母親が命耐える直前に見たものを知ることは恐怖だ。
なぜ私が"あの日"が記憶に残っていると分かったか。
それは、"あの日"は私がずっとあの親子を見守っていたからだ。
母親の記憶は全てあの子が魔法を使った時だ。
そう、"あの日"もあの子は無意識的に魔法を使ったのだ。
母親は、自分の記憶が娘の中に入り込んでしまう可能性があることを知った。それならせめて、今日の自分の記憶だけは娘に伝えたくない、と私に相談してきた。
あの子は子供だし、自分が魔法を使っていることにも気づいていない。その日にいつ魔法を使ってもおかしくないのだ。何かがきっかけで使ってしまう可能性がない、とは言いきれない。
私たちは当日よっぽどのことがないと魔法は使わないだろうとも思ったが、念には念を。魔法を弱める薬を母親に渡し、朝食の飲み物に混ぜて飲ませた。
旦那を二人で説得し、あの子と母親は街へ出かけた。
親子が買い物を終えて帰ろうとした時、敵の魔女たちが彼女を探し始めたと連絡が入った。
計画では、あの子をかなり遠くの公園において殺される予定だったが、このままではあの子の前で殺されてしまう。そして、あの子にも害があるかもしれない。
私はタイミングを見計らってこの事を母親に伝えた。
母親は『出来るだけ遠くに行くけど、無理かもしれない。あの子を見ていて。頼んだわ』と言って娘と並んで歩いていった。
しばらく歩いて人通りが少ない場所で、母親はあの子をベンチに座らせた。
そして早歩きで人混みの中に戻っていく。
姿が全く見えなくなってしばらくすると、母親が歩いていった方から叫び声が聞こえた。
それを聞いたあの子は、とうとうその声のする方へ向かっていった。
止めなくてはいけなかったが、母親に会いにいく子供を止めることは私には出来なかった。
変わり果てた姿の母親を見て、あの子は一瞬固まった。
でもすぐに母親の近くに行き、無意識的に母親に魔法をかけた。
『ママー!』と叫んだ時、魔法を抑える薬が弱まり、あの子は母親に蘇生の魔法をかけた。
魔法によって母親は目を覚ました。
目の前にいたのは娘。
蘇生させたのも娘だと彼女はすぐに気がついた。
「このままでは私に追っ手が来る。娘も危ない…」
咄嗟の判断で、彼女は娘に魔法をかけた。
それもかなり強力な、守りの魔法。
結婚する際に"魔法は使わない"と魔女と契約を交わしていた彼女はそれを自ら破った。
自らの命と引き換えに、娘に魔法をかけたのだ。
その短時間で、母と娘の壮大な愛を見た。
すぐに私は子供を抱きかかえ、小瓶に彼女の血を少し入れて魔法陣へと駆け抜けた。
子供を眠らせ、その寝顔を見ると悲しくて仕方がなかった。同時に、何とかしてこの子を守ろうと決めた。
家に着くと、子供をベットに運び、小瓶の中の血を庭のカカシに垂らした。
窓の外のそのカカシは、今日も気持ちよさそうに風に揺れている。
「知らないわよ」とでも言っているように、カカシは背を向けた。
どうやら、カカシは許してくれないらしい。
それでもカカシは背を向けたまま。
こういう時はしばらく放っておけばいつの間にか機嫌が戻っているんだ。長い付き合いだ。それぐらい分かる。
名前を呼ぶとカカシはゆっくりこちらを向いた。
カカシは何も言わないが「もちろん」と聞こえた気がした。
「いやだわ。
カカシの方が邪魔しないであの子を見守ってあげれるじゃない。」
「そしたらチェリーはあの子に『お前を連れてくる時にこっそり母親の血を採ってきたのさ』って伝えないといけないわよ?」
「でしょう?
チェリーのためにも、あの子のためにも、このままで充分よ」
「カカシのままだと行けないでしょ!
それに、あの人の所からニコニコして帰ってくる我が子を見るだけで嬉しいし。
一応私もあの子の記憶は見れるからね、見たくなったら見るわ」
「え?」
「当たり前じゃない。偽物の絆とでも思ってたの?
失礼しちゃう!」
「そうね…小さい頃からそんな気はしていたわ」
「私の遺伝もそうだけど、パパが優しかったからその分魔力ものびのび出来たんでしょう」
ここは素直に認めればいいのに、父親のおかげだと言い始めた。こちらが照れてしまうほどのおしどり夫婦だ。
「あなただってもう立派な世話焼きなおばさんになってるわよ、チェリー」
私はカカシに向かって笑いかけた。
門の前には紫の魔女が立っている。そう言えば今日お菓子を貰うんだった。
将来有望なその魔女は、立派な母親と世話焼きなおばさんの優しい視線に知らずのうちに見守られている。
"トントン"と扉を叩く音がした。
今日も私は、世話焼きなおばさんとして魔女を支え、
彼女は母親に見守られて今日も『紫の魔女』として葡萄を扱う。
私は「いつカカシの視線に気づくかな」と思いながら、扉を開けた。
目の前にはニコニコの魔女、それを後ろからそっと見守るカカシ。
この空間のすべては、あの悲劇のクリスマスから始まっている。
同じ場所に母と娘がいて、娘は確実に成長し、母はそれを嬉しそうに見守る。悲劇だとは思えないほどの温かい空間。
私はまた、壮大な愛を目の当たりにしている。
そしてその愛の源をそっと家に招き入れた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。