第4話

カバンインネコ
9
2017/11/30 13:08
『…ッ…おはようございます……』

はぁ、はぁと少し荒くなった息遣いを落ち着かせながら店に入る。

ふと時計を見てみると


…ギリギリセーフだった。
内心、ほっと息を付きながらも
自分でも分かるほど顔は無表情だ。

いつもの事だと分かっているのか、その様子を見ながら笑って

「おはよう」と返してくれる

店長、そして朝から何か嬉しいことでもあったかのように元気な店員達。
カフェというのも、こんな朝早くからやるものなんだな。

最初にここに来た時は、初めてのバイトだった事もあって少し衝撃だった。
元々は、大学で知り合った友達とここのバイトを決めて
それから1年と半分程の間、そいつも一緒に働いている。
「今日も静かだね〜クール男子君〜ッ!!」


……何故、この男は毎回こうも元気なのだろうか。
確か…大学で初めて話した時も、ここのバイトを決めた時もこの調子だったな。
『……あぁ、おはよう。』

短く返すと、またいつものように

「元気ねぇのな〜ほんっと」

とかハリのある声で返してくるのだろう。




……と、、思っていたのだが。
相手の言葉を待っていても、何も言わない。

不思議に思って、さっきまで騒いでいたそいつの方を見てみる。
すると、そこにあったのは顔の全面に「?」を出しているかのような。
不思議そうな表情で俺の持っている、カバンをじっと眺めていた。
『……なんだよ』

俺も不思議そうにして、相手を見る。

するとそれに応えるように、そいつは俺のカバンを指さして……、

「なんだそれ。」



……なんだ、「それ」って。


自分も恐る恐る、肩にかけているカバンを見てみる。
『ミャー……?』

あぁ、この声は朝聞いたぞ。

確か昨日拾った猫の声だ。




…………何故?
何故、家にいるはずの猫の声が聞こえるんだろうか。

その答えはとても簡単だ。

俺と、前に立っている男の視線の先にあるカバン。
そのカバンに、その猫が入っているからだ。
『は……?』

思わずかすれた声が出る。

そして、次の言葉を出そうとした時


「え、猫〜!!」

俺達男には到底出せはしない、女性の声が少し店内に響く。

その声の主がいる方へ、反射的に向く。

そこには、カバンの中の猫に、…なんとも言えない様な、とにかく嬉しそうに驚いている顔をしてゆっくり……それはもうゆっくりと近づいている茶髪の女の人。
なんとなく、その人のしようとしている事が分かった。

そして俺は、相手の行動を理解して
ゆっくりとカバンから猫を抱き上げる。
『……ナァー…ゥ』


少し気だるげな声を出しながら俺を見る、二つの青い目。
その目を見つめ返しながら、

……あぁ、靴を履いている間にカバンに入ったのか。

とか、

…だからいつもよりカバンが重かったのか。

だとかどうでもいい予想をしていると
『『『可愛い〜!!』』』

先ほどからゆっくりと近づいていたのに、もう目の前まで来ていた茶髪の女店員。

そして、少し前まで固まっていたはずの騒がしい友達。

最後に……

『……店長』

いやいや……、店長。貴方は、男で。しかもヒゲを生やした、シックな色合いのエプロンがお似合いの成人男性だったはずですよ。
そんな3人の様子を眺めている俺の事など気にもせず
その人達は俺が抱えているこの黒猫に夢中だった。
『……はぁぁ…、』

今日、何度目かのため息をつく。

そして抱えている黒猫を一番近くにいる、男の友達に手に持たせて

『着替えてくる』

とだけ伝え、

黒猫を撫で回している3人の職場仲間と

わけも分からず、知らない人達になすがままの気だるげな猫を背に

いつもと変わらない無表情で、更衣室へ向かった。

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